スウェーデンの重機メーカーであったヘグルンド・アンド・ゼーナー(スウェーデン語版)(Hägglund & Söner)が生産した、ヨーテボリ市電向けの電車。車体の片側にのみ運転台や乗降扉が設置されている片方向型のボギー車で、最大3両まで総括制御による連結運転が可能な構造であった。営業最高速度は60 km/hで、各台車には2基の主電動機が設置されていた。速度制御や制動は足元にあるペダルで行われた[1][3][5]。
車内
車内(運転台側)
運転台
後方には運転台が設置されていない(
1971年撮影)
1958年から1962年まで合計125両(501 - 625)が製造され、当初は「MB06形」と言う形式名であったが、1959年にM25形へ変更された他、1963年には産業博物館から便宜的に「M14形」という形式名が与えられた。また、これらの車両は当初左側通行に対応しており、乗降扉も車体の左側に設置されていたが、1963年にスウェーデン議会は対面通行を左側通行から右側通行へ変更する事を決定し(ダゲン・H)、以降増備された同型の車両(M28形(英語版)、M29形(英語版))は製造当初から右側通行に対応した構造に変更された。これに合わせ、1967年に実施された右側通行への変更まで、M25形は単独および同形式との連結運転に加え、変更前から生産が始まったM28形と背中合わせで連結する両運転台編成(2両編成)を組むようになった。これは対面通行の変更に伴う手間を省く目的があり、変更前は左側通行に適したM25形が先頭に立った一方、変更後は右側通行に適したM28形が先頭車に変更された[3][4][6]。
左側通行時代のM25形(2両編成)(
1963年撮影)
その後、M25形についても乗降扉の位置変更を始めとした右側通行への対応工事を受け、改造を受けた車両は「M25h形」、未改造の車両は「M25v形」として区別された。その一方、1969年から営業運転を開始したアンゲレード線(スウェーデン語版)(Angeredsbanan)については開業当初終端に折り返し用のループ線が無かった事から、片運転台車両を背中合わせにした両運転台編成を使用する事となり、M25形のうち15両は扉の位置を変えないまま使用された。また、このアンゲレード線で使用される車両については、区別のため形式名に「A」のアルファベットが付与された(M25Ah形、M25Av形)[1][3][6]。
右側通行用に改造されたM25形(2両編成)(
1971年撮影)
アンゲレード線で見られた両運転台編成(3両編成)(
1975年撮影)
その後、アンゲレード線は1979年に延伸されループ線も設置されたが、以降も左側に乗降扉を有する車両(M25Av形)を含めM25形は他の路線と共に主力車両として使用された。しかし、1980年代以降後継車両の導入により廃車が始まり、1987年から1994年にかけてヨーテボリ市電での営業運転から撤退し、1997年までに廃車された[1][3]。
一方、ノルウェーの首都・オスロの路面電車(オスロ市電)では、経由する道路の整備工事に伴い一部のループ線が使用不能となり、これらが無くても使用可能な両運転台編成の不足が問題となっていた。そこで、当時余剰となっていたヨーテボリ市電のM25形を導入する事が決定し、1991年から1994年および1998年から2000年にかけて合計36両の営業用車両が譲渡され[注釈 1]、形式名を「SM91形」に改められた。これらの譲渡車両は1両を除いて右側通行に対応した車両(M25h形、M25Ah形)で、譲受後初期は背中合わせに連結する両運転台編成(2両編成)を組み、電停から乗降可能な方向に扉を有する前方(1両目)の車両のみ客扱いを実施していた[1][3][2][7]。
オスロ市電に譲渡されたSM91形(
1998年撮影)
SM91形の一部は塗装が変更された(
1994年撮影)
工事完了によりループ線が再度整備された後は単行(1両編成)もしくは同じ方向に連結した2両編成で使用されたが、後継となる超低床電車(SL95形)の導入により1998年から廃車が始まり、2001年に起きた死傷事故も要因となった結果、オスロ市電からも2002年までに営業運転を終了した[3][2][8]。
2026年現在、オスロに残存する車両も含め6両が現存しており、一部は動態保存運転も行われている[1][2]。
ヨーテボリで保存されている552(
2014年撮影)
ヨーテボリで動態保存されている621(
2013年撮影)