ライアン・ジャクソン
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カージナルス時代(2013年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | フロリダ州マイアミ |
| 生年月日 | 1988年5月10日(37歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 180 lb =約81.6 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 遊撃手、二塁手 |
| プロ入り | 2009年 MLBラフト5巡目(全体159位)でセントルイス・カージナルスから指名 |
| 初出場 | 2012年8月11日フィラデルフィア・フィリーズ戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ライアン・クリストファー・ジャクソン(Ryan Christopher Jackson, 1988年5月10日 - )は、アメリカ合衆国・フロリダ州マイアミ出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。
プロ入りとカージナルス時代
2009年のMLBドラフト5巡目(全体159位)でセントルイス・カージナルスから指名され、6月17日に契約。契約後、傘下のA-級バタビア・マックドッグスでプロデビュー。67試合に出場して打率.216・14打点・4盗塁の成績を残した。
2010年はまずA級クァッドシティズ・リバーバンディッツでプレーし、84試合に出場して打率.272・2本塁打・27打点・6盗塁の成績を残した。7月にA+級パームビーチ・カージナルスへ昇格。A+級パームビーチでは41試合に出場して打率.291・1本塁打・8打点・3盗塁の成績を残した。
2011年はAA級スプリングフィールド・カージナルスでプレーし、135試合に出場して打率.278・11本塁打・73打点・2盗塁の成績を残した。
2012年はAAA級メンフィス・レッドバーズで開幕を迎え、8月10日にカージナルスとメジャー契約を結んだ[1]。8月11日のフィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビュー。8番・二塁手で先発起用され、3打数無安打に終わった。昇格後は正二塁手のダニエル・デスカルソが打率.230と不調が続いたため、2試合に先発起用されていたが、安打を記録できず、その後は代打・代走要員となった。8月28日に降格の後、9月4日に再昇格した。この年は13試合に出場して打率.118だった。
2013年3月17日にAAA級メンフィスへ異動した[2]が、3月26日にデビッド・フリースが故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格[3]。開幕ロースター入りを果たした[4]。開幕後は2試合に代打として出場したが、3打数無安打と結果を残せず、4月8日にフリースが故障者リストから復帰したためAAA級メンフィスへ降格した[5]。降格後はAAA級メンフィスで121試合に出場して打率.278・3本塁打・34打点・9盗塁の成績を残した。9月3日にメジャーへ昇格。この年は7試合に出場したが、7打数無安打2三振に終わった。
パドレス傘下時代
2013年11月20日にウェイバー公示を経てヒューストン・アストロズへ移籍した[6]が、12月18日にヘスス・グスマンとのトレードで、サンディエゴ・パドレスへ移籍した[7]。
2014年3月3日にパドレスと1年契約に合意した[8]。3月24日に傘下のAAA級エル・パソ・チワワズへ異動し、そのまま開幕を迎えた。この年は右手首の故障に悩まされ、AAA級エル・パソで6試合の出場にとどまり、打率.188だった。
ロイヤルズ傘下時代
2014年11月3日にウェイバー公示を経てロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[9]が、24日にDFAとなり[10]、26日に金銭トレードで、カンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[11]。12月30日にDFAとなった[12]。
2015年4月5日に傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズへ配属され[13]、開幕を迎えた。
エンゼルス時代
2015年5月7日にドリュー・ブテラとのトレードで、ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムへ移籍した[14]。傘下のAAA級ソルトレイク・ビーズでのプレーを経て、8月17日にメジャー契約を結んだ。この年は2年ぶりにメジャーでの出場機会を得て、自己最多の22試合でプレーしたが、安打はなかった。守備では一塁手を除く内野の各ポジションを守った。11月9日に40人枠から外れ、FAとなった[15]。
フィリーズ傘下時代
2015年11月18日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結び、2016年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[16]。
2016年は開幕から傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスでプレーし、30試合に出場して打率.214・0本塁打・7打点・1盗塁の成績を残した[17]。
エンゼルス傘下時代
2016年5月20日に金銭トレードで、エンゼルスへ移籍した。AAA級ソルトレイクでプレーし、62試合に出場して打率.262・0本塁打・33打点・4盗塁の成績を残した[17]。8月10日に自由契約となった[17]。
マーリンズ傘下時代
2017年1月3日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[17]。開幕から傘下のAAA級ニューオーリンズ・ベビーケークスでプレーしていたが、4月24日に自由契約となった[18]。
独立リーグ時代
2017年5月26日に独立リーグ・アトランティックリーグのシュガーランド・スキーターズと契約[19]。4試合に出場して打率.385・1本塁打・3打点の成績を残した。
マリナーズ傘下時代
2017年6月3日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、傘下のAAA級タコマ・レイニアーズへ配属された。6月21日に自由契約となった[17]。
ナショナルズ傘下時代
2017年7月3日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結び、傘下のAAA級シラキュース・チーフスへ配属された[17]。7月13日にリリースされ、一旦は引退が発表された[17]。
独立リーグ時代
2018年も現役を継続し、アトランティックリーグのシュガーランド・スキーターズに復帰。2019年7月25日にリリースされたが、7月30日に同リーグのニューブリテン・ビーズが獲得し移籍した。2球団合計で102試合に出場し、打率.252、2本塁打、33打点、11盗塁の成績を残した[20]。2019年のシーズンオフに行われたニューブリテン・ビーズのリーグ脱退に伴う分配ドラフトにより、ロングアイランド・ダックスに移籍[20]。
2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でリーグが開催中止となったため、プレーしなかった。
2021年はロングアイランド・ダックスでプレーしていたが、8月27日に同リーグのガストニア・ハニーハンターズにトレード移籍した[17]。この年は2球団合計で74試合に出場し、打率.293、9本塁打、53打点という成績を残した。シーズン終了後に退団。
2022年4月30日に同リーグのレキシントン・レジェンズと契約した[17]。5月4日のスタテンアイランド・フェリーホークス戦では、リーグ初の女性選手となったケルシー・ウィットモアの初登板の最初の打者として対戦し、右飛に打ち取られた[21]。その後も成績は伸びず打率1割台にとどまり、6月17日に自由契約となった[17]。