ラウル・チャベス

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生年月日 (1973-03-18) 1973年3月18日(51歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
225 lb =約102.1 kg
ラウル・チャベス
Raúl Chávez
ニューヨーク・ヤンキース時代
(2007年7月26日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 カラボボ州バレンシア
生年月日 (1973-03-18) 1973年3月18日(51歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 捕手
プロ入り 1990年 アマチュアFAとしてヒューストン・アストロズと契約
初出場 1996年8月30日
最終出場 2009年9月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ラウル・アレククンデル・チャベス・エスピノーサRaúl Alexander Chávez Espinoza, 1973年3月18日 - )は、ベネズエラカラボボ州バレンシア出身の元プロ野球選手捕手)。右投右打。

1990年にアマチュアFAでヒューストン・アストロズと契約。

1995年のオフにトレードでモントリオール・エクスポズに移籍[1]

1996年8月30日にメジャーデビュー。この年は4試合に出場した。

1997年はメジャーでの出場は13試合にとどまった。

1998年5月8日にロベルト・ペレスとの交換トレードでシアトル・マリナーズに移籍したが[1]、この年はわずか1試合の出場に終わり、1999年はメジャーに昇格できず、10月15日にFAとなった[1]

2000年にヒューストン・アストロズに復帰。ここでもレギュラー定着はならなかったが、2004年ブラッド・オースマスの控えとして自己最多の64試合に出場。プレーオフも4試合に出場し、アトランタ・ブレーブスとのディビジョンシリーズ第2戦では本塁打を放った。

2005年はメジャー37試合に出場。アストロズはワールドシリーズまで進出したが、自身は出場機会がなかった。

2006年3月31日にウェイバー公示を経てボルチモア・オリオールズに移籍[1]。この年のメジャーでの出場は16試合にとどまった。オフの10月31にFAとなった[1]。12月6日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[1]

2007年はメジャー昇格はなく、オフの10月29日にヤンキースをFAとなった[1]。12月7日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだ。

トロント・ブルージェイズ時代
(2009年9月13日)

2008年は2年ぶりにメジャー昇格。42試合に出場したが、12月10日にパイレーツをFAとなった。12月23日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ[2]

2009年はオープン戦で打率.348という好成績を記録したにもかかわらず、開幕はAAA級ラスベガス・フィフティワンズでのスタートなった。しかし、開幕直後にマイケル・バレットが故障したためメジャー昇格[3]。その後はロッド・バラハスに次ぐ2番手捕手としてメジャーに定着し、51試合に出場した[1]

2010年はメジャー昇格の機会はなく、オフの11月6日にブルージェイズをFAとなった[1]

2011年1月14日にニューヨーク・メッツとマイナー契約した。この年もメジャー昇格の機会はなく11月2日にFAとなった[1]。この年限りで現役を引退した。

引退後はベネズエラに帰国し、ベネズエラ・ウィンターリーグ(LVBP)ティグレス・デ・アラグアの技術スタッフに就任[4]2015年にはニカラグア・ウィンターリーグ(LBPN)ティグレス・デル・チナンデガの監督を務めた[4]

選手としての特徴

打撃が弱く正捕手の座を掴むには至らなかったが、肩は強く、盗塁阻止率はキャリア通算で4割を超えている。

詳細情報

脚注

外部リンク

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