ランディ・ウルフ

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生年月日 (1976-08-22) 1976年8月22日(48歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
200 lb =約90.7 kg
ランディ・ウルフ
Randy Wolf
ブルワーズ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス
生年月日 (1976-08-22) 1976年8月22日(48歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 ドラフト2巡目でフィラデルフィア・フィリーズから指名
初出場 1999年6月11日 トロント・ブルージェイズ
最終出場 2015年10月4日 シカゴ・ホワイトソックス
年俸 $9,500,000(2012年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ランドール・クリストファー・ウルフRandall Christopher Wolf, 1976年8月22日 - )はアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。

兄のジム・ウルフ英語版はメジャーリーグの試合の審判員をしており、公正を期すためウルフの投げる試合のジャッジは禁止されていた[2]

アマチュア時代

高校時代にノーヒットノーラン完全試合を達成している[3]

1994年ロサンゼルス・ドジャースからドラフト25巡目で指名されたが、評価が低く落胆し、ペパーダイン大学へ進学[3]。大学時代は3年間で27勝8敗を記録した。

フィリーズ時代

1997年にドラフト2巡目でフィラデルフィア・フィリーズに指名され、契約金35万6,000ドルでプロ入り。同年A級バタヴィア・マックドッグスで7試合に登板し、4勝0敗、防御率1.58を記録した。

1998年はAA級レディング・フィリーズで開幕を迎え、前年からの連勝を6に伸ばし、5月にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レッドバロンズへ昇格。しかし、大リーグ経験のある右打者に痛打され、9勝7敗、防御率4.62に終わった。右打者に内角を突く投球に変え、カーブカット・ファスト・ボールの2つの球種をマスターした[3]

1999年は球団が「今季はじっくりファームで育てる」方針を取り[3]、AAA級で開幕を迎え4勝5敗、防御率3.61を記録した。しかし、カールトン・ローワーの故障に伴い[3]、6月9日にメジャー昇格を果たし、6月11日にメジャーデビューを果たした。

2000年は投球回数は200を上回り、チーム最多の11勝を記録し、この年以後、4年連続で2桁勝利を記録した。4月7日のシーズン最初の登板はエンロン・フィールドの公式戦最初の試合で、勝ち投手となった[4]

2002年9月26日には被安打1でメジャー初完封を記録し、シーズン終了後には日米野球MLB選抜として来日した。

2003年はオールスターに初めて出場し、リーグ5位自己最多の16勝を記録。

2004年から故障がちになった。

2005年に左ひじのトミー・ジョン手術をした。

2006年6月30日にメジャー復帰を果たした。投球内容は悪かったが、打線の援護に恵まれ、無敗でシーズンを終えた[5]。シーズン終了後の11月1日にFAとなった。

ドジャース時代

2006年11月28日にロサンゼルス・ドジャースと1年800万ドルで契約した[4]。 

2007年は、ブラッド・ペニーデレク・ロウジェイソン・シュミットの先発3本柱に続く存在として期待され[5]、前半戦だけで9勝を挙げたものの、左肩痛に悩まされ、7月3日からは1度も登板できずにシーズンを終えた。オフの11月1日に来期のオプション契約を破棄されFAとなった。

パドレス時代

2007年12月1日に、1年475万ドル+出来高425万ドルでサンディエゴ・パドレスと契約。

アストロズ時代

2008年7月11日にチャド・ライネックとのトレードヒューストン・アストロズへ移籍した。オフの10月31日にFAとなった。

古巣復帰

2009年2月6日、ドジャースと500万ドル+出来高300万ドルの1年契約を結んだ[6]。オフの11月5日にFAとなった。

ブルワーズ時代

2009年12月9日にミルウォーキー・ブルワーズと総額2975万ドルの3年契約を結んだ。2010年2011年と2年連続で13勝を挙げた。

ブルワーズ退団後

2012年8月31日にボルチモア・オリオールズと契約。シーズン終了後の10月29日にFAとなった。10月30日に自身2度目となるトミー・ジョン手術をする事を発表した。

2013年は前年の手術の影響でシーズンを全休した。

2014年2月11日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び[7]、2月13日に球団が発表した[8]。その後3月25日に放出された。4月11日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ[9]。5月14日に放出され、マイアミ・マーリンズと契約した[10]。マーリンズでは6試合に登板し、1勝3敗、防御率5.26だった。6月18日に放出された。6月22日に古巣・オリオールズとマイナー契約を結んだ。7月13日に、契約を破棄した[11]。7月26日にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムとマイナー契約を結んだ[12]

2015年3月18日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結ぶ。8月20日に金銭トレードでデトロイト・タイガースに移籍し、22日にメジャー契約となり25人枠入りする。この年は7試合に先発登板したが、34.2イニングで28失点を喫して防御率6.23と炎上し、5敗してシーズンを終えた。オフの11月2日にFAとなった[13]

2016年3月10日に現役引退を表明。プラシド・ポランコとともに古巣フィリーズを最終所属として現役引退することが8月8日にフィリーズより発表された[14]

詳細情報

脚注

外部リンク

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