リチャード・ディーン (レーサー)
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経歴
1985年にイギリス・フォーミュラ・フォードに参戦しレースデビュー。1987年はフランス・フォーミュラ・フォード1600選手権に参戦し、同年10月にブランズ・ハッチで開催されたフォーミュラ・フォード・フェスティバルでは6位に入賞。なお、このレースの優勝者はエディ・アーバイン、2位アラン・メニュ、5位アラン・マクニッシュであった[3]。
1988年、イギリスとフランスのFF1600選手権に出走後、イギリスF3選手権のNクラスにエディ・ジョーダン・レーシングからスポット参戦、翌1989年にジム・リー・レーシングのレイナード・893で本格参戦となったが、ポイントを挙げられなかった。
1990年、コブラ・モータースポーツへ移籍してイギリスF3000選手権にステップアップ。1勝を挙げ、チャンピオンを獲得したペドロ・チャベス、2位のアラン・メニュに次ぐシリーズ3位となった。1991年も、ポール・ワーウィック、フレドリック・エグブロム、ジュリアン・ウェストウッドに次いで4位となっている。国際F3000選手権にも1990年と1992年にスポット参戦した。
1993年にディーンは日本へ渡り、全日本F3選手権にフル参戦しシリーズ6位、1994年には最終戦・鈴鹿で1勝を挙げ4位となった他、全日本F3000選手権、全日本ツーリングカー選手権 (JTCC)、全日本GT選手権にも参戦した。ディーンは日本でのコンペティションを気に入り、インタビューでも「来年も日本で走るので応援してね」とコメントするなど、1995年もJTCCでの活動を希望していたが、良い体制のレースシートを獲得出来なかったため、拠点をイギリスへ戻した[4]。
1995年以降ディーンはスポーツカーレースに切り替え、アメリカン・ル・マン・シリーズやFIA GT選手権に参戦。イギリスGT選手権では、1995年にチャンピオンを獲得。アメリカン・ル・マンでも2006年にシリーズ2位を獲得。2006年のル・マン24時間レースでは、クラス優勝も成し遂げている。
現在は、イギリスのレーシング・チーム『ユナイテッド・オートスポーツ』の共同代表を務めている[5]。
レース戦績
国際F3000選手権
全日本F3選手権
全日本GT選手権
| 年 | チーム | コ.ドライバー | 使用車両 | タイヤ | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1994年 | Team LeMans | 日産・フェアレディZ | B | GT1 | FSW | SEN | FSW 11 |
SUG | MIN | NC | - |