リーガ・エスパニョーラ1943-1944

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シーズン 1943-1944
優勝 バレンシアCF
(2回目)
リーガ・エスパニョーラ
シーズン 1943-1944
優勝 バレンシアCF
(2回目)
昇格 CDサバデルCF (自動)
レアル・ソシエダ (自動)
降格 レアル・ソシエダ (自動)
RCセルタ・デ・ビーゴ (自動)
試合数 182
ゴール数 694 (1試合平均3.81)
1試合平均
ゴール数
3.81
得点王 28得点
スペインの旗エドムンド・スアレス
(バレンシアCF)
最大差勝利ホーム試合
バレンシアCF 8-0 セビージャCF
最大差勝利アウェー試合
RCセルタ 0-5 RオビエドCF
最多得点試合
RオビエドCF 8-3 CDサバデルCF
最多連勝記録
7連勝 アトレティコ・デ・ビルバオ
最多連続負け無し記録
10試合 バレンシアCF
最多連続勝ち無し記録
13試合 RCセルタ・デ・ビーゴ
最多連敗記録
5連敗 RCセルタ・デ・ビーゴ

この項目では、1943-1944年シーズンのリーガ・エスパニョーラ (ラ・リーガ、プリメーラ・ディビシオン)について述べる。

リーガ・エスパニョーラ1943-1944は、スペインのプロサッカーリーグ、リーガ・エスパニョーラの13回目のシーズンである。

1943年9月26日に開幕し、1944年4月9日に閉幕。バレンシアCFが2年ぶり2回目の優勝を決めた。

  • 14チームによるH&A2回戦総当たり・全26節。勝ち点配分は勝利2・引分け1・敗北0。勝ち点が並んだ時の順位決定法に変化なし。
  • プリメーラ・ディビシオン13位・14位はセグンダ・ディビシオン1位・2位と自動的に入れ替え。
  • プリメーラ・ディビシオン11位・12位はセグンダ・ディビシオン3位・4位と中立地で1試合制の入れ替え戦を行う。組み合わせはタスキ掛け。

1943-1944年シーズンの昇降格

1943-1944年シーズンのリーガ・エスパニョーラのチーム

クラブチーム ホームタウン スタジアム 監督
アトレティコ・デ・ビルバオビルバオサン・マメススペインの旗フアン・ウルキス
クルブ・アトレティコ・アビアシオンマドリードメトロポリターノスペインの旗リカルド・サモラ
CFバルセロナバルセロナラス・コルツスペインの旗ジョアン・ジョゼップ・ノゲス
CDカステリョンカステリョン・デ・ラ・プラナアル・ゼイキオールスペインの旗エミリオ・ビダル
RCセルタ・デ・ビーゴビーゴバライードススペインの旗バルタサール・アルベニス
RCデポルティーボ・デ・ラ・コルーニャア・コルーニャパルケ・デ・リアソール[3]スペインの旗ラモン・ラフエンテ
RCDエスパニョールバルセロナサリアスペインの旗パレ・ズレー・イ・ジューヌーイ
スペインの旗クリサン・ブースチュ+
スペインの旗ピトゥス・プラット (共同)
グラナダCFグラナダロス・カルメネスハンガリーの旗イシュトバーン・プラットコ
レアル・オビエドCFオビエドブエナビスタスペインの旗マヌエル・メアナ
レアル・マドリードCFマドリードチャマルティンスペインの旗ラモン・エンシナス
レアル・ソシエダ・デ・フトボルサン・セバスティアンアトーチャスペインの旗ベニート・ディアス
セントロ・デ・デポルテス・サバデルCFサバデルクレウ・アルタ[4]スペインの旗ジュアン・アルメット・ダ・カステイビ
スペインの旗パレ・ズレー・イ・ジューヌーイ
セビージャCFセビリアネルビオンアイルランドの旗パトリック・オコネル
バレンシアCFバレンシアメスタージャスペインの旗エイドゥーアルドゥー・クーベイス

シーズンの流れ

優勝争い

アトレティコ・デ・ビルバオが名門健在をアピールした昨季とは打って変わり、今季は内戦後の新たな波の代表格であるバレンシアCFとアトレティコ・アビアシオンが昨季の低迷から抜け出し、序盤から終盤まで一貫して優勝争いの先頭を走り続けた。

バレンシアCFを2度目の優勝に導いたエドゥアルド・クベルス監督。写真は現役時代の1920年のもの。

対抗馬としてはオコネル監督が2年目を迎え、優勝を狙える安定感・継続力を持ったチームへ脱皮を図っている途上のセビージャCF[5]、昨季同様の守備力で負けないサッカーを展開するCDカステリョン[6]、内戦前の攻撃力が新世代によって再生されたレアル・オビエドCF[7]、などであった。しかし、いずれのチームもまだ総合力で優勝に手が届く段階に達してはいなかった。

バレンシアは第3節から5連勝を含む10戦無敗で首位を獲得[8]。当時はCFバルセロナや王者ビルバオも好位置につけており[9]、ビルバオはこの無敗を第13節で止めている[10]。だが崩れないバレンシアはそこから5試合無敗を記録[11]、取りこぼし続ける2位以下集団と差を広げていった。第18節でアビアシオンが直接対決で勝ち独走に待ったをかけるが[12]、それでもなお勝ち点差は4[13]。3位以下にとっては更に過酷な差だった。

第19節からの3連勝を経て[14]、バレンシアは第23節で5位オビエドに敗北した[15]。が、2位アビアシオンとの勝ち点差は5まで広がっていた[16]。王手をかけたバレンシアは、2年前に初優勝を決めた約束の地・メスタージャに10位CDサバデルCFを迎え、これを2-1で下し2節を残して自力で優勝を決めた[17][18]

2位アビアシオンも含め、性能の違う新型航空機に誰もついていけなかった、そのようなバレンシア2度目の優勝だった。

残留争い

相手より多く決めて勝つRCセルタ・デ・ビーゴ、失点を抑える守備的なサッカーのRCデポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ。このガリシア州の両雄は互いの良さを失い下位に沈んだ。まずセルタに関しては、自慢の攻撃力を支えた選手の移籍などで戦力ダウンし、得点がリーグワースト23・勝利数ワースト2勝では最下位降格も当然だった。自分たちのサッカーを失った後の「次の選択肢」が無いセルタは、第4節以降一度も最下位から抜け出せず、第22節で入れ替え戦出場も消え降格が決定した[19]

デポルもバリニョ監督の退任で得意の堅守型サッカーが失われ、失点数が64と急増。攻撃力も依然低いため、残留争いから逃れる術はなかった[20]。開幕4連敗[21]、第6節から4試合未勝利などで[22]、セルタの悲惨さに比べればマシだったが入れ替え戦圏内へ定着した。

より困難な他チームに昇格組レアル・ソシエダがあった。コパ・デル・レイ準優勝2回の実績で初年度10チームに名を連ねた名門は、2年前と同様昇格後わずか1年で落ちた。開幕8試合未勝利の後[23]、中盤戦から終盤にかけてはアビアシオン戦の金星[24]、第17節から3連続ドローなど抵抗を示し[25]、最低でも入れ替え戦圏内はキープしていたが、それも第20節までが限度だった。第21節に上位セビージャに0-4で大敗すると[26]、6連敗で一気に13位へ突き落とされた。勝ち点2差の12位デポルとの対戦成績により[27][28]、1節を残して13位での降格が決まった[29]

エスパニョールの共同監督に就任したピトゥス・プラット。1929年にはリーガ最初の得点者となり、今回はチームを自動降格の危機から救った。

同じく名門のRCDエスパニョールも昨年に引き続きシーズン途中の監督交代を余儀なくされた[30]。連勝が1回も出来ず4試合・5試合未勝利を重ねたため[31][32][33]、今季も入れ替え戦出場の11位-12位が常態化し、またRソシエダの破綻が始まるまで13位に落ちていた。これが彼らの今季最悪の時期だったが、しかし第22節に敵地ラス・コルツで宿敵バルサを3-1と下したことで[34]、チームは覚醒した。

Rソシエダ・デポルと入れ代わり11位に浮上すると[35]、今度はサリアで7-0とデポルを大破、当該対戦優位も確保した[36][37]。続いて敵地で3位のセビージャに2-1で勝利し[38]、自動残留圏の10位に到達[39]。さらにホームへ戻ってグラナダを2-0で下し4連勝[40]、入れ代わりにサバデルが11位に転落した[29]。凄まじい回復力だったが、しかしエスパニョールは自動残留を確定できないまま最終節を迎えた。

第25節終了時点で、12位デポルは勝ち点19で12位・入れ替え戦行きが決定。勝ち点24で9位のグラナダ、勝ち点23で並ぶ10位エスパニョール・11位サバデルが最後の1枠を回避するための戦いに臨んだ。まずグラナダは昨年同様、既に目的を失ったセルタをホームに迎え5-2で大勝・自力で残留を決めた[41]。そしてエスパニョールは敵地で2位アビアシオンと、サバデルも敵地で12位デポルと対戦した。

サバデルはシーズンを通して苦しんだが[42]、監督交代後はアビアシオンに4-1で勝利[43]、オビエドと3-3のドロー[44]、5-1でビルバオに圧勝[45]、そして第25節には同州の名門バルサを本拠地で3-2で下すなど[46]、奇跡の予感をたぐり寄せていた。この最終節でも得点源デル・ピノが前半だけで2点を奪ってリードし、入れ替え戦に気持ちが向いているデポルを圧倒。エスパニョールも13分にジュンクサが先制点を決めるが、27分にアメストイに同点にされてしまう。

後半に入り54分、サバデルはデル・ピノがハットトリックを達成し勝ち点2上積みは決定的となった。対するエスパニョールは79分アレンシビア・81分タルタブルと連続失点し1-3とリードされた。88分にはデル・ピノが自身とチームの4点目を決め4-0と大量リード。そして両会場でカタルーニャ勢2クラブの争いの決着を告げる笛が鳴った[47][48]。エスパニョールが11位で2年連続入れ替え戦出場、サバデルはビルバオも抜いて11位から9位に浮上し自動残留を決めた[49]

結果

入れ替え戦

プリメーラ・ディビシオン11位のRCDエスパニョールがセグンダ・ディビシオン1943-1944・4位のクルブ・デポルティーボ・アルコヤーノと中立地バルセロナで対戦した。



プリメーラ・ディビシオン12位のCRデポルティーボ・デ・ラ・コルーニャがセグンダ・ディビシオン1943-1944・3位のクルブ・デポルティーボ・コンスタンシアと中立地マドリードで対戦した。


  • 勝ったCRデポルティーボ・デ・ラ・コルーニャがプリメーラ・ディビシオン1944-1945に残留。敗れたレアル・バリャドリード・デポルティーボはセグンダ・ディビシオン1944-1945に残留。

得点ランク・記録

得点ランキング

順位 得点者 得点数 試合数 得点率 チーム
1 スペインの旗 エドムンド・スアレス
27
カタルーニャ州の旗バレンシアCF
2 スペインの旗 エステバン・エチェバリア
25
アストゥリアス州の旗レアル・オビエドCF
= スペインの旗 マリアーノ・マルティン
24
カタルーニャ州の旗CFバルセロナ
4 スペインの旗 フアン・デル・ピノ・ディアス
21
カタルーニャ州の旗CDサバデルCF
5 スペインの旗 サビノ・バリナガ
19
マドリード州の旗レアル・マドリードCF

ハットトリック

選手名所属チーム達成試合回数
スペインの旗ギジェルモ・ゴロスティサバレンシアCF第1節・4-2Rソシエダ[51]
第10節・5-3Rオビエド[52]
2回
スペインの旗エドムンド・スアレスバレンシアCF第22節・5-1セルタ[53]
第26節・5-4ビルバオ[54]
2回
スペインの旗マルティン・ゴンサレス・リソアトレティコ・アビシオン第1節・7-0セルタ[55]1回
スペインの旗パコ・カンポスアトレティコ・アビシオン第10節・3-2グラナダ[56]
第19節・4-2バレンシア[57]
2回
スペインの旗フアン・アルサ・イニゴセビージャCF第1節・5-2サバデル[58]1回
スペインの旗ギジェルモ・カンパナルセビージャCF第2節・5-3Rマドリード[59]1回
スペインの旗ライムンド・ブランコセビージャCF第25節・5-1セルタ[60]1回
スペインの旗エステバン・エチェバリア・オラバリエタレアル・オビエドCF第4節・5-1エスパニョール[61]
第7節・9-2サバデル[62]
第13節・5-1セビージャ[63]
3回
スペインの旗アントニオ・サンチェス・バルデスレアル・オビエドCF第7節・9-2サバデル[62]1回
スペインの旗マリアーノ・マルティンCFバルセロナ第2節・4-3バレンシア[64]
第4節・3-3デポル[65]
第6節・7-2グラナダ[66]
第12節・5-0サバデル[67]
4回
スペインの旗セサール・ロドリゲスCFバルセロナ第20節・4-5アビアシオン[68]1回
スペインの旗サビノ・バリナガレアル・マドリードCF第2節・3-5セビージャ[59]
第9節・3-1サバデル[69]
2回
スペインの旗ルイス・サフン・バディアグラナダCF第26節・5-2セルタ[41]1回
スペインの旗フアン・デル・ピノ・ディアスCDサバデルCF第23節・5-1ビルバオ[70]
第26節・4-0デポル[48]
2回
スペインの旗ホセ・ルイス・ドゥケ・ゴンサレスアトレティコ・ビルバオ第2節・3-1デポル[71]
第26節・4-5バレンシア[54]
2回
スペインの旗フアン・ビダル・プラデスRCDエスパニョール第11節・3-2セビージャ[72]1回
スペインの旗ガブリエル・ホルヘ・ソサRCDエスパニョール第23節・7-0デポル[73]1回

最少失点ゴールキーパー

選手所属試合数失点数失点率
スペインの旗イグナシオ・エイサギーレ[74]バレンシアCF26321,231

できごと

出典

外部リンク

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