ヴィガロイス
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『ヴィガロイス』[注 2]または『ウィガロイス』[注 3]、『ヴィーガーロイス』[注 4](ドイツ語: Wigalois, Gwigalois、中高ドイツ語: Gwîgâlois[注 5])は、ヴィルント・フォン・グラーフェンベルクが中期高地ドイツ語で詩作したアーサー王物語群(アルトゥス物語[3]、アルトゥース文学[4])に属する騎士道物語 。題名主人公は、円卓騎士ガーヴァイン[注 6](ガウェイン卿)の息子であり、母元の国(妖精郷とされる)で父が去ったのちに生まれ、父親探しの旅に出奔する[5]。序盤でアルトゥースの宮廷に至り、ガーヴァインに師事するものの、このとき父子はお互いの血のつながりを知らない[6]。若き騎士となったヴィガロイスは、"さまざまな冒険を克服する"[5][6]と、ついには悪魔の首領ロアス[注 7]を倒し[5]、想いの姫ラーリエ[注 8]の国の解放を果たして夫婦となり、コルンティーン国[注 9]の王座に就く[6]。13世紀初頭(1204–1220年頃)成立。中世から近世にかけて人気を持続し、フォルクスブッフ(民衆本)としても刊行されている。
ヴィガロイスの冒険は、アルトゥースの宮廷に、侍女が現れてその主人(コルンティーン国の王妃とラーリエ姫)の助けを求めるところから始まる。若輩のウィガロイスの志願がかなえられたことに侍女は憤慨するが、5つもの冒険(サイドクエスト)を果たすうち、その能力を認めることになる[7]。つごう4人の騎士と2人の巨人を降し、王妃と王女の待つロイムント城[注 10]に到達する。コルンティーン国は、ラー王が[注 11]亡き者にされ、異教徒ロアス(グロイス城主[8])に国が簒奪されており、未亡人のアメーナー王妃[注 12]は、国の片隅のこの城に追いやられていた。国を見事解放した勇者には、褒美としてラーリエ姫との婚姻・後継の国王の認証が与えられる。姫は出会うなり相思相愛となる。剣には神聖の護符をつけられ、力のみなぎるパンをもたせられ[注 13]、コルンティーンの本城に向かうが、その道案内を、王冠をかむり角の生えた鹿と豹を駆け合わせたような瑞獣(ラー王の亡霊)がはたし、ヴィガロイスの実親の正体をあかす[6]。獣は竜退治に必要な、天使の槍と、魔法防御の花をもたせて送り出す[注 13]。ヴィガロイスは、竜に勝利するが、失神中に漁師[注 14] に武器や帯を盗まれ、意識を取り戻すも、一時的に認知意識障害によって自分が何者かわからなくなり今までの人生が夢だと思い込んでしまう[3]。さらには野生女(野生人の女性形)ルーエルや[注 15]、異教徒の
成立年代
『ヴィガロイス』の成立年代は13世紀初頭で、細かい区切りは諸説あるが 1204–1220年頃の範囲である[18]。全 11,708 行の二行連韻文で書かれている[16]。しめて13写本と28断片が残存し、そのうち古いものでは1220–1230年頃の書写本とされる[17][注 20]。
本作はおそらくアンデックス=メラーンの公達、すなわちアンデクス伯ベルトルト4世(1204年没)とその息オットー(1234年没)のパトロネージュの擁護下に書かれたものである[19]。当作品は、某従騎士(侍童[20])が語る物語をまとめたものだという体裁が末尾に述べられる[19][16]。
のちディートリッヒ・フォン・ホーフガルテンが詩節形式の改作『Wigelis』(1455年)を発表したが、断片のみが現存する[21]。さらにのち散文体におこした民衆本(フォルクスブッフ)『ラーデのヴィゴライス』[22][注 21](Wigoleis vom Rade、1472–1483年成立、初版 1493年)が、ヨハン・シェーンシュペルガーによりアウクスブルクで出版された[21][24][25]。
民衆本版は、デンマーク語『Viegoleis med Guld Hiulet』[注 22](1656年)に翻案され、その重訳がアイスランド語『Gabons saga ok Vigoles』(1656–1683年成立、18世紀の新訳写本あり)となった[25]。1493年版民衆本があらわれる少し前にウルリッヒ・フュートラーが『Floreis und Wigoleis』を詩作しており、『冒険書(Buch der Abenteuer)』に加えている[24]。
またイディッシュ語版として『Viduvilt/Widuwilt』(『Artushof』ともいう)が16世紀に書かれ、3写本が現存する[26][17][27]。これがのちに高地ドイツ語の雑な訳で再編され、それをもとに散文の諧謔的文学である『Vom König Artus und von dem bildschönen Ritter Wieduwilt. Ein Ammenmärchen』(ライプチヒで1786年刊行)が著作された[28]。
諸写本
最古の断片は 1220–30年頃のものと考察され、バイエルン・オーストリア語方言で書かれている[29][30]。特筆すべきは、物語の挿絵が全編にちりばめられた2本で、B本(1372年、 ニーダーザクセン州・アメルングスボルンで作成、現・ライデン大学蔵 LTK 537 写本)には47点のミニアチュール絵画が添えられ[31][32]。 k本(1420–1430年製作、現・バーデン州立図書館蔵 Donaueschingen 71写本)[注 23]の31 点のミニアチュール画は[33][32]、エルザス(アルザス地方ハーゲナウのディーボルト・ラウバー筆写工房か、いわゆる「1418年のエルザス工房」の手によるものと目されている[32][35]。
- 繊維紙、13世紀前半
- L: ブレーメン、ブレーメン州立・大学図書館 msb 0042
- C: シュトゥットガルト、ヴュルテンベルク州立図書館 Cod. HB XIII 5
- 挿画羊皮紙 1360–1370年頃。アメルングスボルン修道院の書写生、絵師も兼ねている可能性がある[40][41][42][43]
- B: ライデン、ライデン大学図書館 LTK 537
- l: シュヴェリーン、市立図書館
- 繊維紙、1435–1440年頃[46]
- 繊維紙、1460年頃[48]
- 繊維紙、1468年
- M: ウィーン、オーストリア国立図書館 Cod. 2970
- V: チェコ・クジヴォクラート城図書館 Cod. I b 18
- 繊維紙、15世紀最後の四半世紀
- S: ウィーン、オーストリア国立図書館 Cod. 2881
- 繊維紙、15/16世紀
あらすじ

序文
序文の有無は稿本にもよるが、 作者が読者に対し、この作品は芸を極めた匠でなく、まだ未熟者が拵えたものでなので、どうか寛大な心でもって迎えてほしい、と訴える(1-144行[50])[51]。 序文の冒頭から13行までは:
Wer hât mich guoter ûf getân? |
いかなる良き御仁が私を開いてくれたのか[52] |
| —Wigalois, Prologue, vv. 1–13 | —Seelbachの現代ドイツ訳より重訳[51] |
前史
「序文」についで「前史」(Vorgeschichte)の部に(145–1219行)突入するが[53][55][注 27]、まだ題名主人公ウィガロイス[注 5]が生まれてはおらず、その出生に至るまでの背景事情が語られる。父親はガーヴァイン卿[注 28]で、母親はフローリーエ姫である[注 18]。ガーヴァイン卿が、不思議の異国に滞在中、ヨーラム王[注 29]の姪[注 30]と結婚した:
事の起こりは謎の騎士(じつはヨーラム王[注 29]、主人公の祖父となる人物)が、アルトゥースの宮廷カリドール[注 31]、ギノヴェーレ王妃(グィネヴィア)[注 32]に魔法のベルト[注 33]を贈呈しようともちかける。しかし、王妃が贈り物を拒否したため、そのベルトを賞品としてかけて、すべての騎士たちに果し合いを申し渡す。ヨーラム王が全勝するが、ガーヴァイン[注 6][54]だけは宝石のついたそのベルトの魔力を借りねば勝てなかったので、ガーヴァインを認め[59]、形式上、敗北した捕虜というかたちで強引に自国に連れ帰り、姪のフローリーエ姫と夫婦にさせる。歳月がすぎ、ガーヴァインは仲間が恋しくなって国を抜け出すが、来訪時は12日の道程だったのにアルトゥールの宮廷にたどり着くのに6ヶ月かかってしまう。そして妊娠中の妻の元に帰ろうとしても国は見つからず、断念する[54]。そして父が不在のまま生まれたのが、ウィガロイスであった。
異界
ウィガロイスの生国は、外部者が容易に立ち寄れない異界の性質を帯びるとされ[60]、「妖精郷」とも形容されるが[61]、フローリーエは妖精にあらず[62][63]、とつくにシリアの姫である、とも解説される[64]。
運命の女神と車輪
ヨーラム王がアルトゥースの宮廷に現れた時、自分が「幸福/至福」の婦人(diu sælde/Frau Saelde)の使者であると身分を明かしたが、これは「運命の女神」、ラテン語でいうフォルトゥーナのことであると解説される[65]。ヨーラムの王国は、この
魔法のベルト
ヨーラムの魔法のベルト(解説者は「フォルトゥーナのベルト」とも呼ぶ)は、まずガーヴァインに譲られたが[66][72]、ガーヴァインは妻の国にベルトを置き忘れたままであった。ウィガロイスが成人して生まれ故郷を出奔する際、母親は生き別れた父親の形見として魔法のベルトを持たせている[76][77]。
本筋
ヨハネス・マリエ・ネーレ・カプタイン編本(1926年)には、詩行を付記した詳細な要約を所収する。これは「序文」、ガーヴァインを主とする「I. 前史」、そして「II. ヴィガロイス史」と大別する[9]。
一方、より近年の学者らの多くは、本作を4つの段階に大別して、より簡素な要約にまとめている(それぞれ区切り個所は微妙に異なる)。例として、英訳者 J. W. Thomas(1977年)をはじめ、インゲボルグ・ヘンダーソン(1986年)、 ハンス=ヨッヘン・シーヴァー(1993年、ジェームス・H・ブラウン(2015年)を挙げることができる[78][79]。
本作を通して、登場する貴族や敵について、その家柄を示す紋章を詳しく描写しているのも特徴の一つで、絵師らもそうした紋章を具現させている[80][81][82]。
少年期から騎士叙任
近年の学者らが第1段階とする個所には、その祖父や両親についての事柄(上記の § 前史、145–1219行)を含み、その父親不在の生い立ち(1220–1272行)、齢20歳にして生国を出ての父親捜し(Vatersuche)の旅[83][84][85]、家宝の魔法ベルトを授かり(1273–1410行)[86]、アルトゥール王の宮廷で、見習いとしての修行開始、みじんも穢れあらば座れない「道徳石」に座り[注 35]、ヴィガロイスの崇高さのほどを立証した(1411–1563行)、そしてアコラード(古フランス語: col 「首」を抱擁したり剣で軽く叩いたりする儀式)を含めた騎士叙任式(1622–1716行)[89]、そして円卓騎士のひとりとして最初の冒険を受諾し達成しようと旅立っていく(1717–1883行)[90]。
最初の冒険をもたらしたのは、余所から来た従女 (ネーレヤー[注 36]) であり(1717–1769行)、その女主人(アメーナー王妃[注 12]と、ラーリエ姫[注 8])を助けてほしいとの嘆願であった。ヴィガロイスが志願し、王が渋々承諾(1770–1811行行)。実績のない若輩騎士の任命に女使者は憤慨し、さっさと先に馬を駆っていってしまう(1770–1811行)。ヴィガロイスの武装の着付けを周囲が手伝い、彼が故郷を偲んで選択した車輪紋章の盾や車輪の頭飾り付き兜も身につけさせた。そして女使者を追って馬を駆る(1812–1883行)[94][96][78]。
サイドクエストあふれる旅
第2段階では、 ロイムント城[注 10](王妃・姫が避難する場所)に向かって女使者をともなう道中、様々な試練に突き当たる[13][98]。 ヴィガロイスが女使者に追き、女と同伴の侏儒(こびと)の助言で以降は一緒に旅することに決まる(1884–1927行)[99]。一同はある城で宿泊を所望するが、城主[注 37]は、一騎打ちで勝利せねば一泊を認めず、敗北せば甲冑を奪われる。ヴィガロイスは勢い余って殺してしまい、一同は逃げ去る(1928–2013行)[104]。次に、2人の巨人にさらわれたアルトゥール宮廷の婦人を救出に向かい、一人を殺し、もう一人を木の枝で殴り倒して[注 38]、婦人を宮廷まで送り届けよと命ず(2014–2183行)。ヴィガロイスは子犬を見つけ、女使者に贈るが、飼い主がやってきて返還を拒まれ、戦う武装で再度あらわれるが(ハクチョウの紋章[注 39])ヴィガロイスに斃される(2184–2348行)。
ヴィガロイスは、馬で一人旅する婦人に遭遇するが[注 40]、その正体は中東ティルスの女王エーラミーエで[注 41])、自分が得るはずだった賞品(馬、こびと、話すオウム)を[注 42]横取りされていた。その通称は「赤い騎士」、実名はマンネスフェルトのホイル伯爵[注 43](髑髏の紋章[注 44])を槍試合で降して賞品を奪還するが、エーラミーエは自国への招待を断られて立腹し、馬を駆っていなくなっているので、物品は女使者に譲って、そちらのご機嫌取りをこころみた (2349–3285行)。今度は、コルンティーン国[注 9]解放のメインクエストのライバルであるシャフィルーン王[注 45]と接触[注 46]、挑戦権をかけての一騎打ちとなり、王は討たれる[注 47] (2349–3606行)[注 48]。
コルンティーン国とグロイス領
第3段階は、もっとも長編な部分であるが、コルンティーン国攻略。その最終的な相手は異教徒の簒奪者ローアス・フォン・グロイスで、これを除去してラーリエ姫を即位させ、その夫の王となる資格を得る運びである。キリスト教圏が異教勢力に打ち勝つことが、主たるモチーフのひとつとなっている[6]。 ヴィガロイスは、コルンティーンに入国し、さらに国境を越えて敵地グロイス城にたどり着くが、そこは地獄の雰囲気の場所であった[109][110](よってヴィガロイスは死後の世界に踏み入れたような[109]、あるいはキリストの地獄への降下を彷彿とさせるような[111][112]経験をすることになる。まずはプフェータン[注 49]という竜を斃し、ついにはローアスに勝利する。はたしてコルンティーン国奪還が達成されたところで、第3段階は終了する[17]。
女使者は、主人(王妃とラーリエ姫)と引き合わせる間近になってはじめて、冒険以来の内容を解き明かす。姫がまだ少女の頃に父王は殺されコルンティーン国はローアス・フォン・グロイス[注 7]に乗っ取られ、遺族の王妃と姫は堅牢なロイムント城に身を寄せていた[118]。ローアスは悪魔と同盟を結んでいてその支援を受けていた。元の王ラーとは欺瞞の友誼を結び[注 50]、機をうかがい400の軍勢で攻め入り王を討ち、多くの国民も巻き添えにした(3607–3750行)。(10年後の)今、姫は美しく成人し、その結婚相手には、コルンティーン国を異教の手から回復した勇者に与えられるものと決まっている、というのが依頼の全容だった(3751–3839行)。
ヴィガロイスの一行のもとに、王冠を被った不思議な動物(頭部は角生えた鹿[121][122][123]、首から下は豹[注 51])が現れ、秘密のルートでロイムント城まで案内する(3840–3884行)。ロイムントの内膳頭[注 52]が城から馬上で出てきて、ヴィガロイスにけしかかるが[注 53]、女使者ネーレヤーがいるのに気づき、矛を収める。ヴィガロイスは城に通され、王妃と侍女らにお目通りする(3885-4094行)。ヴィガロイスとラーリエ姫は出会ったとたん相思相愛に(4095–4269行)[7][注 54]。ヴィガロイスは遠目にコルンティーン城が燃え上がるのを見、泣き叫ぶ悲鳴を耳にするが、日が明けると城は元通りになるのである。コルンティーン城に向かう準備(4270–4342行)。ミサが行われ、神父が魔法を防ぐ書付の護符[128][注 55]を剣にくくりつける[注 56]。ラーリエ姫からは力がみなぎる不思議のパンを授かる[110][注 57](4343–4479行)。
ヴィガロイスは、鹿角の奇獣に導かれてコルンティーン城に到着し[注 58]、奇獣がおそろしい熱の息を吐くと知る門番は、跳ね橋を下げて入城をゆるす(4480–4538行)。 中では二つの大通りをはさんで騎士たちが馬上槍試合にふけっている様子だったが、どこか異様であった。全員が同じ黒地に丹塗の紋章をつけている[注 59]。ヴィガロイスも愛する人のためにと槍をもって飛び入り参加するが[131][注 60]、槍が発火し絵だけでなく鉄の穂先も燃え落ち、ここは自分がいるべき場所にあらず、騎士たちが神の課した償いをする場だと悟る(4539-4589行)。奇獣は城前の芝まで案内し、そこで王冠を戴いた人間に変身する。正体は亡き王ラーの幽霊であった[注 11]。王は、聖なるバリアで覆われて近づくことはかなわなかった(4590-4649行)。王は、いくつもの情報をもたらす。宿敵の前に竜(プフェータンという[注 49])との戦いが控えていること、そのために芝に咲く木の花を摘んで、その吐息から身を守らねばならないことなど[注 61]。竜を倒す武器として、壁に刺さった天使がもたらしたという槍またはグレイヴ[注 62]を授かる。そしてヴィガロイスの知らなかった出自、由緒あるガーヴァイン卿の息子である を教わる。ラー王は煉獄に捕らわれた身だが、日に一度、神の思し召しでこの芝をおとずれることができるが、10年の務めを終え、ついに完全に浄められるのだという。騎馬軍が現れ、降りて徒歩でやってくると、王は奇獣の姿に戻って消えた。城が燃えるのもこれっきりで最後なのだ(4650-4862行)。
次にヴィガロイスが出会うのは竜の被害者で、ベーレーアーレ[注 63]/ベレアーレ[136]という婦人は、夫のモラール・フォン・ヨラプファス[仮カナ表記]伯爵[注 64]が3人の騎士とともに竜に連れ去られた。ヴィガロイスは、剛力のパンをひとくちかじって準備、バッグから破魔の花もとりだす[注 65]。竜の描写[注 66][注 67]。ヴィガロイスは、槍で竜の心臓を貫通[注 68]。竜は獲物である4名を手放し[注 69]、息絶える前にヴィガロイスに突進してその盾や鎧を破損させ、下り坂(溝)を転がり落ち[143][注 70]、湖の水辺で止まり力尽きて横たわっていた(4862-5140行)[注 71]。すると貧窮した漁師[注 14]とその妻が船を漕いでやってくるが、これは神の導きとされ(5247-5320行)、子供らを養うためにしかたなくヴィガロイスのの武具や衣服、ベルトを身ぐるみはいで金の元手をつくる機会を与えられたことになっている[148][注 72]。妻のほうは、ヴィガロイスが生きているのを知ると溺死させようと魔がさすが、夫が思いとどめさせる[149] (5247-5412行)。犯行の一部始終は、伯爵に使える侍女たちに目撃されている[注 73]。漁師の妻は、ヴィガロイスの素顔・裸体をよくみると、こんどは愛着(ミンネ)さえ覚え、水を手ですくって顔にかけて気つけを試みるが[注 74]、わずかに力づくだけで、意識は戻らなかった[注 75] (5413–5480行)。
侍女のひとりが盗人の小屋を覗き見て、ベーレーアーレに報告、ヴィガロイスは彼女の依頼のために倒れたのかと嘆き恐れつつ、その回収にむかう(5481–5752行)。ベーレーアーレは、30ハイドの土地と、所望の家を与える心づもりでいる[150][注 76](5753–5781行)。ベーレーアーレが見つけると、ヴィガロイスは真っ裸で混乱しており、自分は森で農作する身分で、これまでの人生が夢だったと勘違いしていた[154]。だが、パンと花を入れたバッグを見てラーリエ姫を思い出し、混乱が深まり悲しみにくれる(5782–5857行)。ベーレーアーレが聞く相手になるが、飛び去ってしまったヴィガロイスを洞窟まで追いかけ裸を隠すように毛皮のコートをかけてやる[155]。漁師が先導して伯爵の城まで送り届け、 ヴィガロイスは城で回復(5858–5989行)。
家宝のベルトの逸失を乗り越え、 ベーレーアーレに新しい剣、馬、甲冑を用意され[注 77])が着こなした鎧で、伯爵の将来の娘婿のためにと譲られた品だった。かつてラーメーレ(Lâmêre)がリビアから略奪したが vv. 6091–5 その兄弟ブリーエン(Brîen v. 6101)が殺して奪い、ヨレール王に献上した vv. 6069–73, 6101–3[157]。ホーバーク(鎖帷子)は修復不能だったが、自前の車輪飾りの兜、穴空いた戦袍、剣で武装しなおした[注 78]、出立(5990-6250行)。 vv. 6288–6291 そして森の中では、毛深く色黒の野生女[161]ルーエル[注 15]に遭遇するが、彼女は復讐に燃えていた[注 79](6251–636行)。丸腰の女性だったので油断して抜刀しなかったため、ヴィガロイスはまんまと掴まれてその洞穴に連れていかれ[注 80]。手を縛れられ、野生女に奪われた剣で殺されそうになったが[注 81]、ふりかぶったすんでのところ、馬がいなないたため、野生女は竜が接近したと勘違いし、逃走した。神が手をさしのべた感謝に祈り、次回はかならず初手の一撃を放つと誓った(6365-6528行)[164]。
ヴィガロイスは川向こうのローアスの牙城グロイスに迫る。60本の槍が立てられた土手道の橋を守るのは異教徒の侏儒カリオースで[注 1][注 82][1]、小柄ながら怪力である。ライオンの皮を着ている。ヴィガロイスは剣でもって、棍棒をふるうカリオースに致命傷を負わせ (6529–6713行)、小人は黒煙のたちこめたような死の霧のなかに逃げ込むも絶命する[170]。この霧は日中はグロイス城を覆って守っており、闖入者はピッチ(瀝青)のような物質で覆われてしまう。しかし夜になるとこの霧はしばし晴れ、まわりの沼沢地のほうへ引いてゆくので、沼を渡る橋が現れ、大理石の門にたどりつける。門は刃物と鈍器(剣とメイス)がついた大輪で守られていた。輪は青銅製で、水車仕掛けの動力で回転する。静止しないと城門には近づくことができない[170][8]。川の流れで回転が始まり、背後には黒い霧が迫ってきた。ヴィガロイスは、運を天に任せ仮眠をとるが、聖母マリアがお助けになり、風で霧を払い、凝り固まらせる。車輪とまり、ヴィガロイスが入城してまた回りだした (6714–6926)。すると今度は半人半獣の守衛(ケンタウロスだと解説されるが、犬の頭をしている[171])が現れた;その名をマリエンといい[注 83]、魔法の火を放ち、馬も武具も剣すらも焼かれてしまう。ヴィガロイスは怪物を負傷させ、その血で消火する (6927-7027行)。グロイスでは声がして、ローアスが王国も命も失う危機にあると知らせる(6927-7054行)。グロイス城の描写。 2人の老齢の門番たちを突破[注 84]、ひとりを殺し[注 85]もうひとりのアダーン・フォン・アーラーリーエ伯爵を家来にする[注 86](7055–7258行)。
門をノックすると開かれる。雷のような閃光と轟音、そして暗闇。12人の乙女が蠟燭を持って案内。完全武装したローアスが、開けたドアより参上。ローアスのまわりには魔法の雲が浮遊、悪魔の隠れ場所である。悪魔は常にローアスに助力するのだが、ヴィガロイスは剣にくくりつけた護符のおかげでその姿は見えず、(また十字を切ったことも加え)悪魔も近寄ることができない。ローアスは驚愕する。それでも侵入者は倒せるだろうと高をくくっている(7259–7351行)[174]。ローアスの紋章や[注 87][注 88]武具の詳細(7352–7394行)[175]。妻のヤプフィート [注 89]が観戦しにやってくる(7395–7478行)。ローアスは家来たちに手出しは無用と命じ、死闘の末ヴィガロイスに斃される。妻のヤプフィートは悲憤死する(7673–7765行)。ヴィガロイスも卒倒。ローアスの勇猛が称えられる(7766–7835行)[176]。アダーン伯[注 90]がヴィガロイスの元に馳せ参じ、勇者を殺せと息巻く女性らから擁護する(7836-7989行)。ヴィガロイスが蘇生。ローアスは、男衆が妻のそばにいるのを嫌悪したため、身の回りは女性しかいなかった。ここで作者は史実上のメラーン公の死を引き合いにし、そのときも女性たちがたいへん号泣した、と語る[177] (7990-8093行)。ラーリエ姫恋しさの一念により、ヴィガロイスは復活(8094-8136行)。ローアスの遺体(か魂)は、誰も気づかぬうちに悪魔の軍団にさらわれている[178]。アダーン伯はキリスト教に改宗。ヤプフィートはローアスが作らせておいた高価な棺に入棺される(8137-8325行)。宮女たちは、ヴィガロイスを新たな主人とみとめ、アダーン伯がフランス語とアラブ語の通訳にたつ。財宝管理はアダーンに一任(8326-8379行)[179]。ヴィガロイスのさみしさは、トーナメントでカスティーリャ[注 91]産駒を乗り回すことでいくばくか気が晴れる[注 92]。アダーン伯が、元気をつけようと6人のフィドル弾きを連れてくる(8380-8482行)[180]。グロイスの城代にアダーン伯を命じ、モラール伯を訪れると、ローアス亡きあとヴィガロイスを主従関係と認めるという。ヴィガロイスは晴れてラーリエ姫を妻に迎え、正当にふたつの王国、コルンティーンとその属国であるイェラプフィーン(紅海にあるという[注 93])を手中におさめた(8483-8640行)[181]。
終章
最終の第4段階だが、当作品は、終わりに近づくにつれ、宮廷恋愛を軸とした騎士道物語から離れ、戦闘や武勲に重きを置いた叙事詩(武勲詩)の様相を呈する、と考察される。それは当時のキリスト教徒と回教徒勢力の対立を反映したものでもあり[182]、 十字軍サイクルの作品群との類似もみいだせる[183]。
ヴィガロイスとラーリエ姫の戴冠式と結婚式が、(コルンティーン国内の[184])モラール伯爵領ヨラプファスで執り行われ[7]、王侯貴族らの招待客。伯爵は甥ベヨラルツ[仮カナ表記][注 94]を遣わして新婦の姫を式場に呼ぶ。姫と母后、家来たちが行列でやってくる(8782–8920行)。 ヴィガロイスが新婦に挨拶;トーナメント開催(8921–9049行)。招待客らの列挙:イェラプフィーンのリーアール王[注 95]、メダーリーエの3王侯[注 96]、 ティルスの女王エーラミーエ[注 97]、アダーン伯の孫娘マリーネ[注 98]他である[注 99]。戴冠式執行、宮殿で集合。マリーネは冠を被ってはいるが、騎士志望なので武装姿である[185]。リーアール王がヴィガロイスの剣を持ち、モラール伯が竜殺しの槍矛を持つ。結婚の承認、ヴィガロイスには王冠と王笏。宴とミサ。アダーン伯とマリーネの洗礼(9443-9519行)。リーアール王ほかは、それぞれの封土に封ぜられ、シャルルマーニュの法を遵守せよとヴィガロイスに奨励される(9520–9560行)[185]。ガーヴァイン、エーレク、ランツェレト、イーヴァインらも到着 (9561-9640行)。 ガーヴァインは息子と談笑、フローリーエの話になると悲しくなるが、息子が名声を得たことを喜ぶ[186] (9641–9695行)。[注 100]。ガーヴァインはラーリエ姫の美貌に感じ入る(9696-9770行)。
祝祭は12日間におよび、その終わりになった頃、従騎士がやってきて、リビアのアーミーレ王[注 16]がナームールのリーオン[注 17]に殺されたという報をもたらす。アーミーレ王とリーアメーレ王妃は[注 101]招待客で挙式に来るはずだったが、その奥方に横恋慕したリーオンは、槍試合を仕掛けて殺害し、王妃を力づくで凌辱した[187]。リーアメーレ王妃はラーリエ姫の親戚であり[注 102]、ウィガロイスは敵討ちを嘆願される(9770–9882行)。大軍を率いて攻める案は、エーレクが過剰であると諫める(9883–9936行)。使者を立ててリーオン相手にフェーデ(血の復讐)発生を告げる。リーアメーレ王妃は絶望死。リーオンは遅まきながら悔恨するが、ひるむどころか使者に闘争心あらわにまくしたてる(9937–10207行)。訃報はコルンティーンに届き、一同が悲しむが、そのうち冷淡な計算づくの話に移る。作者は、こうも罪深い時代になったものかと講釈をたれ、ついに預言者ヨハネがしめした黙示(世紀末)の到来かなどと毒づく(10208–10305行)[188]。軍が前進[注 103]、敵国ナームールに迫る(10306–10716行)。攻城そして陥落、リーオンはガーヴァインに討ち取られ(10717–11156行)公国領はモラール伯に下げ渡される。諸侯らや兵も国庫を開いて褒美する。リーオンも高貴な出なので丁重に葬儀、アーミーレの遺体[注 104]が、リーアメーレ王妃のとなりに埋葬(11157–11237行)。ヴィガロイスは、境界地帯を占拠し、公正な統治を命ず。王侯ら招待客はそれぞれの母国や領地に帰還。ヴィガロイスと后、円卓騎士らはナント[注 105]に向かうが、道中でヴィガロイスの母フローリーエの訃報を耳にする(11238–11391行)。アーサーの宮廷を訪問、王とギノヴェーレ王妃が挨拶、7日間の逗留後、ヴィガロイスは別れを告げるが、最後にガーヴァインが父としての教訓を授ける(11392–11595行)。 ヴィガロイスは長らく結婚生活を送り、賢君として治国する。ラーリエ姫は一子リフォルト・ガーヴァーニデ[ス] [注 106]、その子もゆくゆく武勲を重ねるのであるが、作者によればイタリア語で武勇伝が書かれており、自分には書く才能が欠けているが[192]、もししかるべき支援をもらえるならば、(ドイツ語の)作品に仕上げることにやぶさかではないようなことをほのめかす[193] (11596–11674)。締めくくりに、ヴィガロイスの話は、ひとりの従騎士から聞いた話を基にした、と主張する(11675–11708行)。
基となった素材
『ヴィガロイス』がフランス文学から翻案したのは、作品のほんの一部のみ(1530– 3150行[194]、すなわち第2の段階)で、そこだけが『ガングラン|名無しの美丈夫』(Le Bel Inconnu、全6266詩行、12世紀の写本は1点のみ現存)とおおよそ合致する[19]。残りについては、作者ヴィルント・フォン・グラーフェンベルクが、史実をもとに捜索した可能性も大いにありうるとされる[195]。色々と共通点のあるアーサー王物語にフランス語で書かれた『おうむの騎士』(15世紀)があるが[196]、これは土台材料ではなく逆にヴィルントが模倣されたと考えられる[195][197]。
ヴィルントがあ作品の締めくくりに従騎士から聞いた話を基にした(11686行以降)としているのは[16]、おそらく事実ではなく技巧であり、この文学ジャンルに求められる保守的な語り方の手法から逸脱してもいいよう弁解理由として書き添えたものであろうと目されている[16]。
19世紀のゲオルク・フリードリヒ・ベネッケなど現代の研究者はヴィルントをヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハやハルトマン・フォン・アウエの物まね(エピゴーネン)とみなしており[198]、リチャード・バーバーは、『ヴィガロイス』が、この二人の先輩詩人たちを模倣してこしらえた作品であり、その倫理観などは踏襲するが、技術的には劣るとしている[199]。
文芸評論
序盤でガーヴァインが愛し人の郷に戻れなくなるモチーフは、のちドイツの作家フリードリヒ・ゲルシュテッカーの『ゲルメルスハウゼン』(1860年)に用いられ、ミュージカル歌劇『ブリガドーン』(1947年)にも反映される[54]。
ヴィガロイスが通過した美徳の試練である不思議の石については、似たような「名誉の石」(ドイツ語: Ehrenstein、中高ドイツ語: der êren steine)『ランツェレット』に登場し[注 107]、また女性に対しても類似の試練(貞操のマント)が設けられている[注 108][200]。
ヴィガロイスは「車輪の騎士」のあだ名を得るが、これは母国では城砦に「運命の車輪」 を模した芸術品が飾られるほど運命の女神(Diu sælde; Frau Saelde)が崇拝されており(上述、 § 運命の女神と車輪参照)、好んで車輪の紋章を身に着けていたからである[7][201]。ヴィガロイスの妻となるラーリエ姫も、運命の申し子またはその「玩具」(sældes spil)などと度重ね呼ばれている[202]。
キリスト教徒と回教徒の対立は、本作で繰り返されるモチーフであり[6]、天と地獄の代理戦争の様相をなす[16]。『ヨハネの黙示録』の言及が繰り返しあり、ヨハネの名も 10275–305 行にみえ[6]、作者による終末論的な講釈が展開される[204]。
悪魔の下僕であるローアスの牙城は、ヨハネの予言のイメージを借用している、と英訳者J・W・トーマスは考察する。城のまわりは瘴気のような霧で覆われ、黙示録第9章第2–3節のイナゴの土煙が日も月も覆ったことに似ている。また「イナゴ」とは実は、軍馬と人面、獅子の歯、胸当てを駆け合わせた合成獣であり(9章第12節)、火を噴く馬たちも黙示録には登場し(9章第17節)、グロイス城の衛兵のケンタウロス(壺から火を放つ硬い鱗に覆われた犬面の人馬)と似通っている[205]。
ヨアヒム・ブムケは、比較的成立年代の早いこの作品から、当時の宮殿の作法、典礼、衣装などについての考察をおこなっている。たとえば騎士叙勲式の運び方や[206]、王妃に即位したラーリエのために催されたブーフルト (騎馬競技)などである[207]。ブーフルトとは(大分類でいえばハスティルード=武術披露の一種だが)、馬術がメインであり、剣や槍をトゥルネイ(馬上槍試合)とは区別される[208][209]。またフローリーエが身にまとう月と星をかたどったデザインのマントについても[210]、実際にそうした類の衣装を王室が着ていたものと指摘し、実例としてハインリヒ2世 (1024年没))の星座マントと比較されている[211][213]。