七つの子
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『七つ』の表現について

| みんなのうた 七つの子 | |
|---|---|
| 歌手 | 大阪放送児童合唱団 |
| 作詞者 | 野口雨情 |
| 作曲者 | 本居長世 |
| 編曲者 | 末吉保雄 |
| 映像 | シルエット |
| 映像制作者 | 七条けんじ |
| 初放送月 | 1967年8月 - 9月 |
野口雨情が1907年1月に刊行した月刊民謡集「『朝花夜花』第一輯」(早稲田詩社)に発表した詩「山烏(やまがらす)」をもとに改作し、童謡・童話雑誌『金の船』の21曲目の曲譜付き童謡として「大正十年七月号」(1921年7月1日付発行)に本居長世作曲の曲譜とともに発表した童謡である[3]。
当時野口は『金の船』編集主幹の斎藤佐次郎(金の星社創業者)とともに同誌の創刊号から編集に関わり[4]、投稿童謡の選者などを務めるとともに、おもに本居とのコンビで精力的に誌上で童謡の発表を行っていた。同年には『青い眼の人形』(発表時原題『青い目の人形』)も発表している。
国民的童謡として長年親しまれ、1989年の「あなたが選ぶ日本のうた・ふるさとのうた」(「日本のうた・ふるさとのうた」全国実行委員会)では本曲が第8位を獲得した[5]。2007年には文化庁と日本PTA全国協議会が発表した「日本の歌百選」に選定された。
1967年8月にはNHKの『みんなのうた』でも取り上げられた。編曲は末吉保雄が手掛け、大阪放送児童合唱団が歌った[6]。音声は発掘プロジェクトにより提供されたものの、再放送やDVD化はされていない。
演歌歌手、北島三郎が歌唱する歌謡曲「帰ろかな」(1965年)では、間奏に本曲を組み込んだバージョンがあり、1973年以降のNHK紅白歌合戦などの歌番組で披露された。米国出身のシンガーソングライターで童謡歌手のグレッグ・アーウィンは、本曲を「Seven Little Babies」の題で英訳し、アーウィン自身の歌唱が『ハッピー・チャイルド!〜英語でうたおう こどものうた みんなのうた〜』(ビクターエンタテインメント、1997年発売)、『英語でうたう日本の童謡2』(ビクターエンタテインメント、1999年発売)の両アルバムに収録された。
歌詞の「七つ」という言葉が「7羽」を指すのか「7歳」を指すのかは、度々論争の種となっている[3]。現実のカラスの生態からみれば、カラス(ハシボソガラスやハシブトガラス)は一度に7羽もの雛を育てることはなく、7年も生きたカラスはもはや「子」とは呼べない[7]。また、「七つ」という言葉を「たくさん」の意味とする解釈、「七つ」という言葉を「人間の7歳の子」とする解釈も存在する[3]。
『金の船』誌の作品初出号「大正十年七月号」では、「丸い目を持つ7羽の幼いカラスが並ぶ様子」を描いた岡本帰一の挿絵とあわせて野口の詩を掲載している[2]。藤田圭雄の著書『日本童謡史Ⅰ』でも、これを「7羽」説の根拠の一つとしている[3]。野口は1924年に『金の星』(金の星社、1922年『金の船』改題)で発表した童謡「十(とお)と七つ」(作曲・小松耕輔)でも[8]、雁が10羽と7羽の2群に分かれて飛ぶ様子を挿絵付きで[8]「十と七つ」と表現している。
しかし、野口自身は「七つ」という言葉に対して、「必ずしも7歳という意味ではなく『幼い』という意味を含ませたもので、『言葉の音楽』として芸術味を豊かにもたせるために『七つ』とした」という趣旨を述べており[3]、泉漾太郎が野口から聞いた話の中では、7羽でも7歳でも歌う側が納得すればそれでいいと答えたとしている[3]。
楽譜
