三上陽輔

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三上 陽輔(みかみ ようすけ、1992年5月5日[1] - )は、北海道出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダーフォワードガイナーレ鳥取キラーとして知られているほかに、アディショナルタイムでの得点が多い。[要出典]

愛称 ミカ
カタカナ ミカミ ヨウスケ
ラテン文字 MIKAMI Yosuke
国籍 日本の旗 日本
概要 三上 陽輔, 名前 ...
三上 陽輔
2022年のサイン
名前
愛称 ミカ
カタカナ ミカミ ヨウスケ
ラテン文字 MIKAMI Yosuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-05-05) 1992年5月5日(33歳)[1]
出身地 北海道[2]
身長 180cm[1]
体重 78kg[1]
選手情報
ポジション MF / FW
利き足 右足
ユース
2008-2010 日本の旗 コンサドーレ札幌
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2010-2013 日本の旗 コンサドーレ札幌 37 (9)
2014-2016 日本の旗 カターレ富山 71 (8)
2017-2019 日本の旗 AC長野パルセイロ 73 (11)
2020-2023 日本の旗 ブラウブリッツ秋田 86 (4)
通算 267 (32)
1. 国内リーグ戦に限る。
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経歴

北海道出身[2]札幌光陽小学生時代は札幌FCフォーザSCに所属した[1]

コンサドーレ札幌U-15

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コンサドーレ札幌U-15での主要大会成績
大会背番号出場得点
2005クラブユース選手権2500
2006クラブユース選手権1430
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2005年にコンサドーレ札幌U-15に入団(札幌市立光陽中学校)。2005年4月、U-13日本選抜として中国遠征に参加[3]

1年目はクラブユース選手権に帯同し、グループリーグ1戦目[4] と3戦目[5] にベンチメンバーに入った。

2年目はクラブユース選手権でグループリーグ3試合すべてに途中出場した。1戦目は前半29分から途中出場[6]。2戦目は後半7分から途中出場[7]。3戦目は後半開始から途中出場[8]

コンサドーレ札幌U-18

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コンサドーレ札幌U-18での主要大会成績
大会背番号出場得点
2008 プリンスリーグ 1465
クラブユース選手権 00
知事杯 00
高円宮杯 00
Jユースカップ 11
2009 プリンスリーグ 1165
クラブユース選手権 40
知事杯 10
高円宮杯 32
Jユースカップ 74
2010 プリンスリーグ 956
クラブユース選手権 00
知事杯 00
高円宮杯 53
Jユースカップ 20
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2008年、コンサドーレ札幌U-18に昇格。高校は札幌新川高校に進学した[9]

1年目はプリンスリーグに計6試合出場し、5得点を挙げた。プリンスリーグ第4節では後半15分から出場し、ハットトリックを決めた[10]。三上は7月中旬に負傷し、3ヶ月にわたって実戦から離れた。

2年目はクラブユース選手権でグループリーグ3試合および準々決勝の計4試合に先発出場した。グループリーグ1戦目は後半6分に途中交代[11]。2戦目は後半12分に途中交代[12]。3戦目は後半10分に途中交代[13]。準々決勝は後半22分に途中交代[14]高円宮杯にはグループリーグ3試合に出場。1戦目は前半42分と後半1分に得点を挙げ、後半34分に途中交代[15]。2戦目は後半31分に途中交代[16]。3戦目はフル出場した[17]

2010年のクラブユース選手権には、負傷のため参加せず。

コンサドーレ札幌

2009年の熊本キャンプから定期的にコンサドーレ札幌のトップチームの練習に参加[9]。2010年3月19日、2種登録選手としてトップチームへの登録がなされ、背番号31が与えられた[1]。 トップチーム初出場は2010年5月30日のJ2第15節富山戦であった[18]。三上は先発出場し、後半42分までプレーした[19]。試合後、札幌広報事業部の三浦雅之は「得点を演出した、ボールへの執着心は大したものだ」と評価した[20]。三上は続くJ2第16節草津戦にも先発出場し、後半11分までプレーした[21]

トップチームでの初ゴールは2010年10月16日、札幌厚別公園競技場でのJ2第30節甲府戦であった[22]。後半4分、甲府陣内左サイド深い位置でのパス回しからMF高木純平が出したグラウンダーのクロスに、ゴールエリア右側に走り込んだ三上が左足で合わせてゴールを決めた[23][24][25]。この得点シーンについて三上は試合後、「左サイドで完全に崩していたので、ゴール前で信じて待っていました」とコメントした[26]。当初三上のトップチーム帯同はこの試合までの予定であったが、この試合後、クラブ側の希望により帯同スケジュールは次節の富山戦まで延長となった[27]

三上は2010年10月24日のJ2第31節富山戦にも先発出場し、後半21分までプレーした[28]。またこの日、札幌は三上の来季トップ昇格を内定した[29][30][31]。クラブ側は「最終判断は育成部との話し合いになるが、能力的には申し分ない」との評価を示し[29]石崎信弘監督は「今のチームの中で(先発する)実力がある」と賛辞を送った[29]。三上自身もプロ入りを希望し[30]沖田優コーチは「キャプテンシーが出てくれば重要な選手に育つ」と評した[31]。クラブは三上のトップチーム帯同を富山戦で一時終了とし、今後は学業との両立に配慮して週末限定での帯同とする方針を固めた[32][33]。2010年シーズンは、甲府戦熊本戦で得点した。その後2010年11月4日、札幌は三上と仮契約を締結し、2011年シーズンからトップチームに昇格する旨を発表し[34]、2011シーズンは鳥取戦で2得点した[35]。2013年は、4月に右膝外側側副靭帯損傷で全治6〜8週[36]松本山雅戦[37]鳥取戦[38]横浜FC戦岡山戦[39] で得点した。

カターレ富山

2013年シーズン終了後、契約満了により札幌を退団し[40]、2014年シーズンよりカターレ富山へ移籍[41]。札幌退団後、富山の練習に参加した三上は、練習終了後加入を即決した[42]。チームはJ3に降格した。

2015年、岸野監督指揮下において、球際の強さや運動量を評価され5月初旬よりボランチにコンバート[43]、後任の澤入監督下では右サイドバックで起用された[44]山口戦藤枝戦[45] でと二試合連続得点する。

2016年は琉球戦[46][47] で2得点、大分戦[48]鳥取戦[49](終了間際[50])で3得点、計自己最多6得点を記録する。

AC長野パルセイロ

2017年、AC長野パルセイロへ完全移籍[51]、キーパー股抜き鹿児島戦[52]鳥取戦(四回目のブレイス)[53][54] で得点する。2018年、FC東京U-23戦[55]、終了間際の秋田戦[56]富山戦[57]、終了間際の琉球戦[58] でゴールした。2019年は、岩手戦[59]讃岐戦[60]ガンバU-23戦[61]YS横浜戦[62]天皇杯新潟医療福祉大戦[63] でスコア。

ブラウブリッツ秋田

2020年、ブラウブリッツ秋田へ完全移籍[64]、J3優勝に貢献する。2021年は琉球戦で終了間際に同点ゴールをし[65][66]、2022年は千葉戦で得点をした[67]。2023年第14節栃木戦で、梶谷が相手キーパー川田にプレスで迫るとミスキックを誘発し、三上がうまく反応して先制ゴールをし[68]、ごっつぉ庵賞受賞[69]、試合も勝利した。

2024年2月、現役引退を表明した[70]

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010札幌31J2103-10113
201122122-10132
2012J120400060
2013J2134-10144
2014富山15170-00170
201511J3272--272
2016276-20296
2017長野19153-10163
2018244-10254
2019344-21365
2020秋田1460-0060
2021J2231-10241
2022321-10331
2023252-00252
通算日本J1 20400060
日本J2 13213-5013711
日本J3 13319-6113920
総通算 267324011128231
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タイトル

ブラウブリッツ秋田

出典

関連項目

外部リンク

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