上北方
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地理
地名の由来
「上北方」の由来には以下の説がある[4]。
- 勅使が来たので、上官・下官が来たことからそれぞれ「上北方・下北方」となった説
- 天孫降臨の際に多くの「神々が来た→かみきた→上北」という説がある。
しかし、現実的に北方を下北方と上北方に分けた理由は、大淀川沿いの上流と下流の地で区別したものと思われる[4]。
また、宇佐宮領宮崎庄の一部が鎌倉時代に「北方・南方・池内方」の3方に分かれ、その後北方が「下北方・上北方」に分かれた、とされるが、北方(下北方+上北方)と南方の位置(方角)が逆であるとの指摘もある。なお、北(喜多・木田など)には崖、自然堤防などの意味があり、北方は方角ではなく、丘陵地の意味がある[4]。
歴史
- 1889年5月1日 - 宮崎郡瓜生野村・東諸県郡倉岡村が発足。
- 1951年3月25日 - 宮崎市に編入。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 町名 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 大字上北方 | 宮崎市立瓜生野小学校 | 宮崎市立宮崎北中学校 |
交通
バス
宮交グループ[6]の運営するバスが営業している。