高岡町小山田
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地名の由来
宮崎市の北西部、旧高岡町の北西部に位置する。高岡町上倉永、高岡町下倉永、高岡町五町、高岡町高浜、高岡町花見と接する。海軍軍医総監、東京慈恵会医科大学創設者である高木兼寛(誕生時は日向国諸県郡穆佐郷白土坂だった。)の生誕地として知られる。
穆佐(むかさ)のムカは「向かいの地」の意で、低湿地帯をス(三角州)といい、川向こうからながめてこの地域を「ムコス」と呼んだのが、「ムカサ」になったといわれている[4]。穆は「ボク」と読めるが「ムカ」とは読めない。これは住民がわきあいあいと助け合う姿を願い、「穆」の漢字が当てられたのではないかといわれている[4]。
その穆佐郷の郷社である穆佐神社の神田が当地に広がり、それを御山田と呼び、小山田と表記した説がある[4]。