不可識別者同一の原理
複数の実体が全ての属性を共有しているならばそれらは同一であるとする存在論的措定
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不可識別者同一の原理[1][2](ふかしきべつしゃどういつのげんり、羅: principium identitatis indiscernibilium[2], 仏: principe d'identité des indiscernables, 英: principle of the identity of indiscernibles)または不可識別者の同一性[3](英: identity of indiscernibles)とは、全ての性質を共有する異なる対象又は実体は存在し得ないとする存在論的定立である。すなわち、実体 と について、 が持つすべての属性を も持っていて、且つその逆も然りである(識別不能である)ならば、 と は同一であるとされる。

この原理の最初の定式化は、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツに帰せられている[4]。この原理の解釈については、ライプニッツが「不可識別者同一の原理」のみを意図していたと考える者もいれば、「不可識別者同一の原理」とその逆の原理である「同一者不可識別の原理(仏: principe d'indiscernabilité des identiques、英: principle of the indiscernibility of identicals)」を含めたもの(双条件)として解釈する者もいる(後述)。後者の双条件法はライプニッツ則(英: Leibniz's law、ライプニッツの法則[1][3]とも)と呼ばれ、無矛盾律や充足理由律とともに、ライプニッツの形而上学における主要な功績の一つとして知られる[5]。
同一性と不可識別性
定式化
- 同一者不可識別(The indiscernibility of identicals):
- すべての と について, もし が と同一であるならば, は と全ての諸性質を共有している.
- 不可識別者同一(The identity of indiscernibles):
- すべての と について, もし と が全ての諸性質を共有しているならば, は と同一である.
同一者不可識別の原理は、両実体が互いに同一であれば、それらは同じ性質を持つと述べており、議論の余地は少ない[6]。一方、不可識別者同一の原理は、両実体が同じ性質を持つならば、それらは同一でなければならないという逆の主張をするため、より議論の余地がある[6][7]。前者に加えて後者を主張することは、「2つの異なるものが互いに完全に似ていることはない」と主張することを意味する[8]。
ライプニッツ則
- 双条件ライプニッツ則(Biconditional Leibniz's Law):
- すべての と について, が と同一であるのは, と が全ての諸性質を共有している場合であり, かつその場合に限る.
一部の論理学者たちはこの原理を同一性と等価性に関して本質的なものとみなしてきた。アルフレッド・タルスキはこれを同一性の概念を規定する論理的公理の一つに挙げ[9]、ルドルフ・カルナップはこの双条件に基づいて同一性を表す等号()を定義した[10]。
不可識別性と性質概念
不可識別性は通常、性質の共有度によって定義される:2つの対象は、それらが諸性質を全て共有しているならば、識別不能である[11]。不可識別者同一の原理の強度と妥当性は、識別不可能性を定義する性質(英: property)の概念をどのように定めるかによって揺れ動く[11][12]。
ここで重要な観点の一つが、本質的(定義的)性質と付帯的(偶有的)性質の区別であり[11]、一つは内在的性質と外在的(関係的)性質の区別である[12]。また、対象の位置を考慮すべきプロパティの一つに含めるか否かに応じて議論が変動する[13]。位置情報を考慮すべきプロパティの一つに含めるならば、「同じ場所に2つの物は存在できない」という日常的直感(素朴実在論的・古典力学的感覚)と一致し、体系が非常に安定する。反対に、含めない場合は、「全く同じ性質を持つが別の場所に存在する2つの実体」を許容することになるため、ブラックの反例(後述)に何らかの説明を与える必要が生じる[14]。
妥当性
対称宇宙の反例
マックス・ブラックは対称宇宙の反例を提示することで、不可識別者同一の原理に挑戦した[14]。ブラックは、2つの球のみが存在する対称な宇宙(英: symmetric universe)では、両者は全ての諸性質を共有しているにもかかわらず、2つの異なる対象(英: object)であると主張した[15]。ブラックは、対称な宇宙においては、関係的性質(時空における物体間の距離を規定する性質)ですら、両者を区別できないと主張している。彼の主張によれば、2つの物体は宇宙の対称面からも互いからも常に等距離にあり、かつ永久にその状態が続く。2つの球体を区別するために外部の観察者を導入する場合は、観察者の存在が対称な宇宙の仮定に反するため、問題は本質的に解決されない。
各人のコギトの識別可能性
ルネ・デカルトの『第一哲学に関する諸省察』における議論は、自分の精神(コギト)の存在を疑うことができないことが、精神の本質の一部であるというものである。そして、同一のものは同一の本質を持つべきである[16]。 この問題に関して、「知られざる正体」に関する以下の帰謬法を用いた思考実験を行うことができる[17]。
- 実体 と について、彼らが全ての諸性質を共有しているならば、彼らは同一である。
- は の正体であり、両者は同一人物だが、 はその事実を知らない。
- は が空を飛べないと思っている。
- は が空を飛べると思っている。
- したがって、 は にはない性質を持っている。その性質とは、彼が空を飛べると によって信じられているという性質である。
- したがって、 は と同一人物ではない。
この帰謬法を解消する一つの議論は、5. のステップを認識論的誤謬(英: epistemic fallacy、すなわち認識内容と実在の混同)に基づくライプニッツ則の誤った適用として斥けるというものである[18]。すなわち、 によって知られている・知られていないという認識内容は、 と が同一であるという実在を破らない[19]。
ヘレンハウゼンの庭園

不可識別者同一の原理は、ライプニッツの著作では『第一真理』、『形而上学叙説』9章、『人間知性新論』2巻27章3節、『モナドロジー』9節などで説かれている[1]。
特に『ライプニッツとクラークとの往復書簡』では、あるときヘレンハウゼン庭園で、反対者が「全く同じ2枚の葉」を探し回ったが見つけられなかったという逸話が語られる[20]。
関連項目
- ユークリッド空間における距離
- ダック・テスト
- 同種粒子
- 同一性
- 認識論的誤謬(または「覆面男の誤謬」)
- テセウスの船
- 構造的型体系(または「プロパティベースの型体系」)
- タイプとトークンの区別
- 一階述語論理
- 二階述語論理
- ゴットフリート・ライプニッツ