与偶
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生い立ちと病気と作風の関係
漏斗胸、全身の蒙古斑、幻覚幻聴障害などさまざまな疾患を生まれながらに持ち、そのこともあってか幼児期より日常的に両親から凄惨極まる身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトといったいわゆるマルトリートメントを受けながら育つ。また、物心がつき始めた頃から自傷行為を覚え、親に隠れて繰り返すようになる。
親からは漏斗胸の外科手術以外は適切な医学的治療を受けさせてもらえず、代わりとして悪魔祓いの祈祷を受けさせられていた[2]。
12歳時、父親の一存で通学に片道2時間以上を要する金城学院中学に強制的に進学させられたことを引き金に統合失調症を発症。しかし、親からは詐病扱いを受けたので自力で精神科クリニックへの通院を開始する。
同時期、たまたま観たインテリア雑誌に載った西洋アンティック人形の小さな写真に魅了されるが、その人形を入手する手段がなかったので、見よう見まねで類似の人形の制作を始める。髪の毛には自毛を用い、眼球を自作し、人形の内側には自傷行為で採取した自分の血液を塗り込むことなどを考案する。
最初期の作品から生人形のようなリアリズム表現志向が強く、特徴としては、顔は無表情であるにもかかわらず、四肢の指先が禍々しくもがき、肋骨は浮き上がり、うっすらと血管も描き込まれていた。これは「感情を殺して親からの暴行に耐えている故の無表情」であり、指先の形状は「隠しきれない抵抗感の表れ」であり、「食事を与えられず痩せ細った自分自身の躰」なのだと与偶本人は語る。ただし股間の造形は記号的なスリットが彫られているだけで、そこだけが抽象的な造形だが、これは性行為に対する嫌悪感や拒絶感をも表しているという。
4作目の人形で口や頬に傷を与えたことをきっかけに、片目だけを閉じたり、瞼が腫れ上がった表情の人形を作るようになる。また、人形の空洞部に自分の血液を塗りこめるという当初は秘られめた行為が、徐々に人形表面への血を用いた塗装表現(目から血の涙を流したり、瞼や唇への血によるメイキャップ)へと発展していった。
これは親の暴力行為から逃れるために命からがら家出〜上京したにもかかわらず、夜ごと両親から追いかけられ惨殺されるという悪夢に苛まれるようになり、日々の精神状態が悪化し、精神病院の閉鎖病棟への入退院を繰り返すことによって向精神薬の投与も増え、副作用から慢性的な無気力状態に陥ってしまったため、結果として人形制作が手につかなくなっていったことと関連している。
そのような無気力状況から脱したいという祈りの行為として、はじめて作りかけの人形の顔に自分の血を塗ってみると、虐待被害者ならではの哀しみの表象であると同時に、自身が得心できるオリジナルな美の表現に感じられた。与偶にとってこの喜びは、更なる創作活動へのきっかけと糧になった[3]。
虐待サバイバーとして
2018年10月、《「虐待を受けて育ったけれど、今、生きている。その証としての写真」を撮らせて下さい。》とネット上で呼びかけていた写真家・田中ハルの求めに応じて被写体となる。その写真は「虐待サバイバー写真展」という名のサイトで16人の虐待サバイバーモデルのうちの1人として、同じ苦しみを受けている人々へのメッセージ[4]とともにweb公開されたのち、2019年11月に浦和「コムナーレ」と蕨「ココシバ」で開催された同名の写真展でプリントが展示された。
2018年11月、《虐待を生き抜いた当事者たちによる絵や写真たちを展示します》というwebデザイナー・浅色デザインの呼びかけに応じて、「毒親アートフェス2018」に人形作品写真2点で参加。名古屋市・黒川「箱の中のお店」で開催された後、全国7箇所の巡回展でも展示された[5]。
2020年11月、児童虐待対策を主活動とするライター・今一生の著書「子ども虐待は、なくせる」(日本評論社発行)のカバー用に作品写真を提供した。
著作
- 2017年7月 -「与偶人形作品集 フルケロイド FULLKELOID DOLLS」(書苑新社発行)撮影・サト・ノリユキ/SATOFOTO