世知原駅

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所在地 長崎県佐世保市世知原町栗迎
北緯33度15分25.2秒 東経129度44分57.7秒 / 北緯33.257000度 東経129.749361度 / 33.257000; 129.749361座標: 北緯33度15分25.2秒 東経129度44分57.7秒 / 北緯33.257000度 東経129.749361度 / 33.257000; 129.749361
所属路線 世知原線
キロ程 6.7 km(肥前吉井起点)
世知原駅
せちばる
Sechibaru
祝橋 (2.8 km)
所在地 長崎県佐世保市世知原町栗迎
北緯33度15分25.2秒 東経129度44分57.7秒 / 北緯33.257000度 東経129.749361度 / 33.257000; 129.749361座標: 北緯33度15分25.2秒 東経129度44分57.7秒 / 北緯33.257000度 東経129.749361度 / 33.257000; 129.749361
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 世知原線
キロ程 6.7 km(肥前吉井起点)
電報略号 セチ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
164人/日(降車客含まず)
-1970年-
開業年月日 1933年昭和8年)10月24日
廃止年月日 1971年(昭和46年)12月26日
備考 廃止直前のデータ
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世知原駅(せちばるえき)は、かつて長崎県北松浦郡世知原町栗迎免(現・佐世保市世知原町栗迎)にあった日本国有鉄道(国鉄)世知原線廃駅)であり、同線の終着駅であった。

佐世保鉄道(後の世知原線)が1933年昭和8年)10月24日佐々 - 肥前吉井 - 当駅間を開業させた際に設置された。

石炭列車の発着地として賑わいを見せたときもあったが、炭鉱の枯渇で1962年(昭和37年)に貨物列車の発着がなくなる。1968年(昭和43年)の赤字83線指定リストに載り、1971年(昭和46年)12月26日臼ノ浦線とともに世知原線は廃止され、当駅も廃止された。

歴史

駅構造

廃止当時は単式ホーム1本があるだけで、1960年代後半にはキハ01系気動車レールバス)が1日9.5往復(下り1本は回送)発着するのみとなっていた。

利用状況

旅客輸送

1951年度(昭和26年度)- 1956年度(昭和31年度)、1960年度(昭和35年度)- 1970年度(昭和45年度)の1日平均乗車人員は以下の通りであった。

1日平均乗車人員[6]
年度 乗車人員
1951年(昭和26年) 465
1952年(昭和27年) 425
1953年(昭和28年) 396
1954年(昭和29年) 407
1955年(昭和30年) 433
1956年(昭和31年) 725
1960年(昭和35年) 598
1961年(昭和36年) 489
1962年(昭和37年) 363
1963年(昭和38年) 468
1964年(昭和39年) 443
1965年(昭和40年) 421
1966年(昭和41年) 398
1967年(昭和42年) 383
1968年(昭和43年) 299
1969年(昭和44年) 258
1970年(昭和45年) 164

貨物輸送

1951年度(昭和26年度)- 1956年度(昭和31年度)、1960年度(昭和35年度)- 廃止年度の年間貨物取扱量は以下の通りであった。

年間貨物取扱量[6]
年度 発送トン数 到着トン数
1951年(昭和26年) 81,931 17,887
1952年(昭和27年) 194,528 20,441
1953年(昭和28年) 72,809 10,733
1954年(昭和29年) 103,105 7,578
1955年(昭和30年) 128,709 7,571
1956年(昭和31年) 132,130 6,205
1960年(昭和35年) 106,034 3,235
1961年(昭和36年) 99,632 3,137
1962年(昭和37年) 114,746 2,955
1963年(昭和38年) 58,782 2,079
1964年(昭和39年) 22,508 844
1965年(昭和40年) 26,947 809
1966年(昭和41年) 12,409 861
1967年(昭和42年)[注 1] 10 199

現況

現在、駅跡の一部が公園となっており、蒸気機関車の動輪をあしらったモニュメントが置かれている。

隣の駅

脚注

関連項目

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