中富 (所沢市)
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歴史
かつては埼玉県入間郡富岡村であった。江戸時代の元禄期に開拓された三富新田の中央部にあたる。近年南部がエステシティ所沢として開発され新興住宅地となり、中富南として分離した。
地名の由来
沿革
- 江戸時代 - 川越藩領であった。元禄時代より三富新田の開発が始まる。
- 1696年(元禄9年) - 検地があり[5]、屋敷の戸数は中富地内で40戸[注釈 1]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、中富村、下富村、神米金村、北岩岡村、北中村が合併し、入間郡富岡村の村域となる。
- 1943年(昭和18年)4月1日 - 富岡村が所沢町・小手指村・山口村・吾妻村・松井村と合併し、入間郡所沢町大字中富となる。
- 1952年(昭和27年) - 一部の地域が中新井となり分離される。
- 1981年(昭和56年) - 日本新都市開発(現:ニューシティコーポレーション)により南部でエステシティ所沢の開発が始まる。
- 1990年(平成2年)5月20日 - 区画整理実施により南部が中富南となり分離。
- 2007年(平成19年)2月13日 - 北側の下富に残った中富の飛地である辨天地区が下富に編入となり分離される(地名を中富から下富に変更されたが、地番は変更していない)[6]。