中川原邦治

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1955-07-27) 1955年7月27日(69歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県
中川原 邦治
Kuniharu NAKAGAWARA
基本情報
生誕 (1955-07-27) 1955年7月27日(69歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県
テンプレートを表示

中川原 邦治(なかがわら くにはる、1955年7月27日 - )は、福岡県出身のプロゴルファー

1979年にプロ入りし[1]1982年群馬県オープンでは初日を小林富士夫土山録志に次ぐと同時に草壁政治鷹巣南雄石井裕士と並んでの3位タイ[2]でスタートした。

1983年ブリヂストントーナメントでは初日を松井角次出口栄太郎と並んでの8位タイ[3]でスタートし、2日目には川田時志春と並んでの10位タイ[4]に着けた。

1984年には東急大分オープンで優勝し、九州オープンでは渋谷稔也鈴木規夫秋富由利夫白石達哉に次ぐと同時に上田鉄弘池原厚と並んでの5位タイ[5]に入った。

1988年山口オープンでは初日に宮田孝誠と共に68をマークして7位タイ[6]でスタートし、最終日には69をマークして奥田靖己と並んでの3位タイ[7]に入った。

1990年日本プロでは初日を福沢孝秋須貝昇河村雅之渡辺修入野太岩下吉久と共に3アンダー69の7位タイ[8]でスタートし、九州オープンでは2日目を69をマークして[9]蔵岡伸二川上典一と並んでの7位タイ[10]に着けた。

1990年の千葉オープンでは初日に67をマークして3位[11]でスタートし、最終日には長谷川勝治と並んでの2位タイ[12]に入った。

1995年NST新潟オープン[13]を最後にレギュラーツアーから引退。

主な優勝

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI