中村紀庵ベルタ

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生年月日 (2007-11-12) 2007年11月12日(18歳)
デビュー 2024年
中村 紀庵・ベルタ
FIA F4ワールドカップ英語版にて(2025年)
基本情報
国籍
生年月日 (2007-11-12) 2007年11月12日(18歳)
出身地 イングランドの旗 イングランド
ロンドン
イタリアF4選手権での経歴
デビュー 2024年
所属 プレマ・レーシング
車番 51
出走回数 41
優勝回数 10
ポールポジション 9
ファステストラップ 3
シリーズ最高順位 1位 (2025)
過去参加シリーズ
選手権タイトル

中村 紀庵・ベルタ(なかむら きあん ベルタ、Kean Nakamura-Berta, 2007年11月12日 - )は、日本スロバキアのレーシングドライバー。

カート

2019年、ル・マンで開催されたIAMEインターナショナル決勝で、X30ミニカテゴリで自身初のタイトルを獲得[1]。2020年、60ミニカテゴリに参戦し、WSKユーロ・シリーズ英語版とWSKスーパーマスターシリーズでシリーズ2位を獲得[2][3]。2021年にはOKジュニア英語版カテゴリに参戦し、カート世界選手権英語版で優勝。シーズン終盤、KF2英語版カテゴリで競い合い、サウスガルダ・ウィンターカップでタイトルを獲得[4][5]。2022年、カート・ヨーロッパ選手権英語版で優勝[6]。2023年、OKクラスに参戦する傍ら、KZ2英語版クラスにも出場し、チャンピオンズ・オブ・ザ・フューチャー英語版・OKカテゴリで2位、世界選手権とヨーロッパ選手権・KZ2で6位を獲得[7]

フォーミュラ4

2023年

2023年末、プレマ・レーシング傍らフォーミュラ4・東南アジア選手権英語版に2戦出場し[8]、6レース中ポール3回・ファステスト2回を記録し、第3戦(セパン)のレース3で2位が最高位だった[9]

2024年

2024年のイタリアF4選手権英語版参戦時の中村(ムジェロ・サーキットにて)

2024年1月、フォーミュラ4・UAE選手権英語版に出場し[10]、開幕戦(ヤス・マリーナ)のレース1でシングルシーター初優勝を飾り、第2戦(ヤス・マリーナ)でダブル表彰台を獲得[11]。第3戦(ドバイ)で2度目のダブル表彰台を獲得したが、第4戦(ヤス・マリーナ)で2連続リタイアを喫し、タイトル獲得の可能性は潰えたものの[12]、最終戦(ドバイ)で優勝と2位を記録し、フレディ・スレーターに次ぐ総合2位で終えた[13]

2024年のユーロ4選手権英語版参戦時の中村(レッドブル・リンクにて)

ヨーロッパでは、プレマ・レーシングからイタリアF4選手権英語版ユーロ4選手権英語版に参戦[14]。前半では開幕戦(ミサノ)で3位表彰台のみだったが、後半に入った第5戦(ポール・リカール)で優勝を飾り[15][16]、その後3回表彰台に上り、総合6位となったが、ルーキータイトルではアレックス・パウエル英語版に6ポイント差で逃した[17]。ユーロ4では最終戦(モンツァ)で優勝し、総合3位およびルーキーチャンピオンを獲得[18]

2025年

オフシーズン期間中、ムンバイ・ファルコンズ英語版からF4・中東選手権英語版に参戦[19]。開幕戦(ヤス・マリーナ)で3レースとも2位表彰台を獲得し[20]、その後6戦中5戦で表彰台獲得と好調を維持したが、第3戦(ドバイ)でアレックス・パウエルに抜かれ勝利を逃し続けていたが[21][22]、第4戦(ヤス・マリーナ)でエマヌエーレ・オリヴィエリ英語版のペナルティによる降順で繰り上げ優勝となり[23]、最終戦(ルサイル)のレース1で2位表彰台に上り、最終的に優勝1回・表彰台圏内10回で総合3位を記録[24]

2025年もプレマ・レーシングからイタリアF4とE4に継続参戦[25]

フォーミュラ1

2022年にアルピーヌ・アフィリエイトに一員となり[26]、2023年にアルピーヌ・アカデミーの正式メンバーとなった[27][28][29]。2024年をもってアルピーヌ・アカデミーを離脱し、2026年にウィリアムズ・ドライバー・アカデミーに加入[30]

人物

中村は日本人の母とスロバキア人の父のもと、イギリスロンドンで生まれた[31]。5歳まで日本で過ごし、その後ロンドンに戻った[32]

レース戦績

脚注

外部リンク

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