九相図
死体が朽ちていく経過を九段階に分けて描いた、日本の仏教絵画
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概説
「九想」は、九想観とも、九想門ともいう。不浄観の一つ。肉体への執著や、美なる対象に対する貪りの念を除くため、ことさら人の死屍が膨張し、膿爛腐敗し、鳥獣に食われて散乱し、あるいは焼かれて白骨と化す醜悪な姿に、思いを凝らして、無常を観じ、人の執著を断つための修行法をいう。九想は、経論によって、順序や名称が異なる[1]。
『大智度論』『摩訶止観』などでは以下のようなものである。
- 脹相(ちょうそう) - 死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する。
- 壊相(えそう) - 死体の腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる。
- 血塗相(けちずそう) - 死体の腐敗による損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす。
- 膿爛相(のうらんそう) - 死体自体が腐敗により溶解する。
- 青瘀相(しょうおそう) - 死体が青黒くなる。
- 噉相(たんそう) - 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる。
- 散相(さんそう) - 以上の結果、死体の部位が散乱する。
- 骨相(こつそう) - 血肉や皮脂がなくなり骨だけになる。
- 焼相(しょうそう) - 骨が焼かれ灰だけになる。
死体の変貌の様子を見て観想することを九相観(九想観)というが、これは修行僧の悟りの妨げとなる煩悩を払い、現世の肉体を不浄なもの・無常なものと知るための修行である。日本においては奈良時代にはすでに九相観が知られていたことがうかがえる。入唐した山上憶良は、当時唐で流行していた「九想観詩」に触れた可能性が指摘される[2]。九相観にもとづく絵画は鎌倉時代から江戸時代にかけて製作された。
大陸西域の石窟には死屍観想図像がみられ、中国新疆ウイグル自治区のキジル石窟第77窟・第212窟、トヨク石窟第20窟・第42窟などが知られる[3]。また、中国においては九相図の現存作例は確認されていないが、詩によって九相図が存在した可能性がある[4]。
日本の九相図は、仏教の不浄観・九相観を視覚化したものであるが、単なる修行用図像にとどまらず、九相詩、和歌、説話、絵巻物の伝統と結びついて展開した。多くの作例では、死体は女性、とくに美女や貴女として描かれ、美への執着と身体の無常とが対比される。檀林皇后や小野小町に仮託される九相図は、その代表的な例であり、死後に朽ちていく身体を通じて、色欲・無常・往生・捨身をめぐる仏教的主題が表現された。
現存する九相図
ただし、閲覧・拝観可能であっても時期が限られるものが多い。
- 「九相図巻」、九州国立博物館蔵(もと神奈川県個人蔵)、鎌倉時代[5]
- 「人道不浄相図」(六道絵のうち)、聖衆来迎寺蔵、滋賀県、鎌倉時代
- 「九相詩絵巻」、九州国立博物館蔵、文亀元年(1501年)[6]
- 「九相詩絵巻」、大念佛寺蔵、大永7年(1527年)
- 「小野小町九相図」、住蓮山安楽寺蔵、京都市
- 「檀林皇后九相観」、桂光山西福寺蔵、京都市
- 「九相詩絵巻(小野小町九相図)」、如意山補陀洛寺 (京都市)(小町寺)蔵
- 「九想詩絵」、長福寺蔵、青森県下北郡佐井村[7]
- 「九相図」、河鍋暁斎筆、河鍋暁斎記念美術館蔵
- 「九相図」、長沢廬雪筆、福岡市博物館蔵、江戸中期[8]
- 「九相図巻」、真田宝物館蔵[9]
- 「The Nine Putrefactions of a Heian Beauty」、ホノルル美術館蔵、19世紀[10]
- 「九相図」、浄土真宗本願寺派西岸寺蔵、京都市伏見区、江戸時代後期[11]