井岡ボクシングジム
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2002年8月25日、大阪市浪速区に井岡弘樹ボクシングジムとして開設された。会長は日本最年少で世界王座を獲得し、WBC世界ミニマム級・WBA世界ライトフライ級の2階級を制覇した井岡弘樹。
オープン当日、貴闘力忠茂らを招いて披露パーティーが開かれ、弘樹の恩師であるエディ・タウンゼントの写真をリングサイドに掲げて大東旭(大鵬)が3Rのエキシビションスパーリングを行った[1]。また、このパーティーにおいて井岡弘樹の元同門である元WBA世界ライトフライ級王者山口圭司が眼疾を理由として現役引退を表明し、以後はチーフトレーナーを務めることが発表された[2]。
2009年には甥の井岡一翔が所属選手としてプロデビューを果たして関心を集める中、一翔の高校の同級生である宮崎亮がジム初のタイトルとなる日本王座を獲得した。
2011年2月11日、一翔がWBC世界ミニマム級王座を獲得(当時日本最短新記録となる7戦目での世界王座奪取)。ジム初の世界王者が誕生した。
2012年、大晦日[3]にはダブル世界戦が開かれ、宮崎が初の世界タイトルとなるWBA世界ミニマム級王座を獲得、一翔も同ライトフライ級王座を獲得し2階級制覇を達成した。
2024年10月1日、現役を引退した石田匠が弘樹からジムの経営権を引き継ぎ、名称も匠ボクシングジムに変更された。
[4]井岡ボクシングジム in 島根江津
2004年5月15日、こちらは井岡が運営に協力する形で島根県江津市に開設された。代表は大源富夫。山口が会長・専属トレーナーとなり、山口からWBA世界ライトフライ級王座を奪ったピチット・チョーシリワット(タイ)と彼を世界王座に導いたルイス・アルベルト・バルガス・デ・レオン(パナマ)がチーフトレーナーを務める。5月31日に行われたオープニングセレモニーには元世界王者の薬師寺保栄、タレントの間寛平らが姿を見せた。オーナーの大源富雄死去に伴い閉館。