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滋賀県道・京都府道3号大津南郷宇治線

滋賀県と京都府の道路 From Wikipedia, the free encyclopedia

滋賀県道・京都府道3号大津南郷宇治線(しがけんどう・きょうとふどう3ごう おおつなんごううじせん)は、滋賀県大津市松原国道口交点を起点に京都府宇治市宇治橋西詰交点に至る主要地方道(滋賀県道・京都府道)である。

制定年(滋賀県側)1954年
(京都府側)1955年
起点 滋賀県
大津市松原【北緯34度58分42.4秒 東経135度54分16.9秒】
接続する
主な道路
(記法)
国道422号
E88 京滋バイパス
京都府道62号標識
京都府道62号宇治木屋線
京都府道7号標識
京都府道7号京都宇治線
京都府道15号標識
京都府道15号宇治淀線
概要 主要地方道, 制定年 ...
主要地方道
滋賀県道3号標識
京都府道3号標識
滋賀県道3号 大津南郷宇治線
京都府道3号 大津南郷宇治線
主要地方道 大津南郷宇治線
地図
制定年 (滋賀県側)1954年
(京都府側)1955年
起点 滋賀県
大津市松原【北緯34度58分42.4秒 東経135度54分16.9秒】
終点 京都府
宇治市宇治妙楽【北緯34度53分32.9秒 東経135度48分19.8秒】
接続する
主な道路
(記法)
国道422号
E88 京滋バイパス
京都府道62号標識
京都府道62号宇治木屋線
京都府道7号標識
京都府道7号京都宇治線
京都府道15号標識
京都府道15号宇治淀線
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滋賀県大津市と京都府宇治市の境界となる曽束大橋

概要

天ケ瀬ダムのダム湖を眼下に臨む観光コースのほか、国道1号の大津方面と国道24号の奈良方面とをショートカットする路線である[1]。大津市と宇治市を2車線の道路で結ぶ[2]。宇治川に沿った区間は宇治川ラインと呼ばれることも多く、ドライブやツーリングコースとして知られている[3]。

以前は、起点から瀬田川(淀川)右岸の南郷を経て鹿跳橋付近までは国道422号と重複していた[4]が、2022年3月29日、国道422号の付け替えにより、起点から瀬田川令和大橋西詰までが国道との、同地点から鹿跳橋西詰までが滋賀県道29号瀬田大石東線との重複区間となった。鹿跳橋以降は単独区間となり、瀬田川峡谷の外畑・曽束を経て京都府域に入り、天ケ瀬ダムや平等院付近を経て宇治市市街地に至る[4]。

路線データ

概要 全ての座標を示した地図 - OSM ...
全ての座標を示した地図 - OSM
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路線状況

大津市南郷から鹿跳橋に至る区間は1960年(昭和35年)までに幅8 m(メートル)に拡幅・舗装された[5]。それまではバスが走行しづらい狭い道路であったという[5]。

宇治橋周辺では縣神社の鳥居があり、神社参道としての側面も持つ[3]。付近は3本の道路が集中していることや観光客の影響で渋滞していることが多い[3]。

天ケ瀬ダムの補償工事の一環として、県道大津上野線(現:国道422号)や一般県道宇治田原大石東線などと同様に付替工事が実施された[6]。県道大津南郷宇治線(当時の県道宇治瀬田線)はダムの補償工事の一環で建設され、合計5工区に分けて建設された[7]。宇治川(淀川)の渓谷に沿った山岳道路として、道路構造令における第3種の道路として施工された。この時の設計速度は35 km/h(キロメートル毎時)で、幅員は5.0 mが基準とされた(ただし、ダムの工事用資材搬入路となる部分は6.0 m)[6]。道路の建設費用はダム工事費と道路改良費との合併施工である[2]。

ダムの建設以前の当路線は通行不能で荒れた状態であった[8]。そのため、宇治川ラインの観光客が大津市と宇治市を行き来する場合は、外畑と大峯ダム(天ケ瀬ダム建設により水没)の間を遊覧船で移動していた[8]。この遊覧船は道路開通後も外畑と天ケ瀬ダムの間を結んでいたが、1976年(昭和51年)に廃止された[4]。

山間を走る道路のため、雨による斜面崩落などで交互通行規制が敷かれることがほぼ常態化しており、走行には注意が必要である。

かつては暴走族対策のため、夏休み期間中は天ケ瀬ダム付近から宵待橋にかけて二輪通行止めの規制が敷かれていた。2020年は試験的に規制がなされなくなったが、2021年以降は未定であるとされる。

橋梁

当路線の主な橋梁を記載する(出典は特記がない限り[9]より)。いずれも橋格は1等橋、設計荷重はTL20として建設されている[9]。

  • 生図橋
    • 橋長 : 50.0 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 活荷重合成鋼鈑桁橋
  • 宇近川橋
    • 橋長 : 70.0 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 活荷重合成鋼鈑桁橋
  • 曽束大橋
    • 橋長 : 109 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 中路式2鉸鋼拱橋
    • 天ケ瀬ダムのダム湖を横断するもので、補償工事で設置される橋梁の中では最も長大なものである。河床は厚さ6 - 7 mの砂礫層があったため約110 mの距離を1スパンで架橋しなければならなかった。拱型式(アーチ式)が採用された理由は、両岸の良質な地盤のおかげで橋台を小さくでき、コストや景観を考慮しても問題ないと判断されたからである。この付近の瀬田川(淀川)は急流のため、江戸時代にはこの付近の両岸を行きかうには手繰りの渡り船が利用されていた[10]。この渡り船は曽束村が請け負い、村民が交代で受け持ったが、船が壊れた時は膳所藩が新船を作っていた[11]。天ケ瀬ダムの完成で渡し場は水没して交通の便は途絶えたが、曽束大橋の完成によって再び両岸の交通が復活した[10]。
  • 宵待橋
    • 橋長 : 70.0 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 主径間台型ラーメン鋼桁橋
    • 初代の橋は現在の橋の東に約150 m、高さ約50 m下に架けられた[12]。初代の橋は、1923年(大正12年)に宇治川発電会社が大峰ダムの建設でトロッコを通すために田原川に架けられた木橋である[13]。その後、同じ位置で1940年(昭和15年)に鉄筋をほとんど使わないコンクリートブロック製の橋に架け替えられた[14]。この時に「宵待橋」と名付けられたが、名前の由来ははっきりとしない[13]。ただし、当時の京都府田辺土木事務所の所長が名付けたとされ、宵待草が咲き乱れていたこと、当時流行っていた愛染かつらの歌詞から名づけられたとの伝えがある[12]。天ケ瀬ダムの建設で田原川の水位が上がるため、1961年(昭和36年)3月に現在の橋に架け替えられた[12]。

重複区間

  • 国道422号(起点 - 滋賀県大津市石山南郷町)
  • 京都府道62号宇治木屋線(京都府綴喜郡宇治田原町郷之口末山・宇治田原町宵待橋 - 宇治市宇治妙楽・宇治橋西詰交差点)

歴史

地理

通過する自治体

交差する道路

沿線にある施設など

脚注

参考文献

関連項目

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