今泉柔剛
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来歴
東京都出身[1][3][2]。麻布高等学校を経て[4]、1994年 (平成6年)に東京大学文学部美術史学科を卒業し[5]、文部省に入省[1][2][3][5][9][10]。
入省後、外務省在トルコ日本国大使館二等書記官、文部科学省初等中等教育局国際教育課課長補佐、福岡県教育委員会教育振興部高等教育課長、文部科学省初等中等教育局児童生徒課課長補佐、文部科学省高等教育局大学振興課大学改革推進室長、経済協力開発機構日本政府代表部参事官、下村博文文部科学大臣秘書官事務取扱、スポーツ庁国際課長、日本スポーツ振興センター理事、東京大学理事などを歴任[2][9][10]。
外務省在トルコ日本国大使館では、文化・教育・スポーツ・人物交流担当のアタッシェとして勤務し、ODAの無償資金協力の一環である文化無償協力などの協議・調整などに従事し[11]、初等中等教育局児童生徒課課長補佐の際には、問題行動、不登校、いじめ、中退などに関する生徒指導全般や児童虐待防止に向けた学校の役割の検討に加え、人権教育、同和教育にも取り組んだ[12]。
また、初代スポーツ庁国際課長の際には、スポーツ界で不祥事が相次いだことを受けてドーピング対策を強化する[13][14]とともに、2014年から2020年の7年間に100カ国以上1000万人以上にスポーツの価値を伝えることを目的とする「スポーツ・フォー・トゥモロー事業」に取り組み、「体育」の輸出や日本型ラジオ体操・運動会の実施、指導者派遣、各国の将来の指導者の招聘などを行った[9]。
さらに日本スポーツ振興センター理事の際には、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会のメイン会場である新国立競技場の建設の本部長として新国立競技場の建設を担当する[15][16]とともに、スポーツ振興くじと、その売上を活用したスポーツ振興助成を担当した[16]。また、2020年大会のレガシーを尊重しつつ国連のSDGs達成に貢献するため、スポーツの力を活用して諸課題の解決に取り組む戦略の策定[16]や、国立代々木競技場・秩父宮ラグビー場の管理運営に関する施策も担当した[15]。
2023年8月8日、文化庁審議官に就任[7][17]。京都担当の審議官として、文化観光の推進などに取り組んだ[18]。
2025年7月15日、文部科学省大臣官房総括審議官に就任[2][3]。
略歴
- 1994年
- 1995年7月- 文部省教育助成局施設助成課[2][9][10]
- 1997年
- 1998年
- 2001年
- 2002年8月- 福岡県教育委員会教育振興部高校教育課長兼教育振興部人権・同和教育課参事[2][9][10][19]
- 2004年8月- 文部科学省初等中等教育局児童生徒課専門官・課長補佐[2][9][10][20]
- 2006年6月- 文部科学省初等中等教育局初等中等教育課課長補佐兼教員人事管理システム専門官兼児童生徒課課長補佐[2][9][10]
- 2007年7月- 文部科学省高等教育局国立大学法人支援課課長補佐[2][9][10]
- 2008年8月- 文部科学省高等教育局大学振興課大学改革推進室長[2][9][10]
- 2010年3月- 文部科学省大臣官房付=経済協力開発機構日本政府代表部一等書記官[2][9][10]
- 2011年1月- 文部科学省大臣官房付=経済協力開発機構日本政府代表部参事官[2][9][10]
- 2013年4月- 文部科学省高等教育局高等教育企画課大学設置室長[2][9][10]
- 2014年7月- 文部科学省大臣官房付=文部科学大臣秘書官 (下村博文文部科学大臣)事務取扱[2][9][10]
- 2015年10月- スポーツ庁国際課長 (初代)[2][9][10]
- 2018年7月- 独立行政法人日本スポーツ振興センター理事兼新国立競技場設置本部長[2][10][16]
- 2020年10月- スポーツ庁政策課長兼内閣官房内閣参事官 (内閣官房副長官補付)=内閣官房東京オリンピック競技大会・ 東京パラリンピック競技大会推進本部事務局参事官[2][10][21][22][23]
- 2021年7月- 国立大学法人東京大学理事[2][10]
- 2023年8月- 文化庁審議官=総合調整本部副本部長[2][10][7][17][24]
- 2025年7月- 文部科学省大臣官房総括審議官兼内閣官房内閣審議官 (内閣官房副長官補付)=日本成長戦略本部事務局次長兼内閣府地方創生推進事務局審議官兼内閣府本府地方創生推進室次長[3][2][25][26][27][28][29]
- 2026年8月- 文化庁次長[6][8]