伊久智神社
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| 伊久智神社 | |
|---|---|
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| 所在地 | 愛知県知多郡東浦町生路森腰79 |
| 位置 | 北緯34度57分25.1秒 東経136度58分17.3秒 / 北緯34.956972度 東経136.971472度座標: 北緯34度57分25.1秒 東経136度58分17.3秒 / 北緯34.956972度 東経136.971472度 |
| 主祭神 |
木花開耶姫命 塩土老翁 |
| 社格等 |
帳内社 従三位上 |
| 創建 | 不詳 |
| 別名 |
八剱大明神 生路八剱大明神 本鹽竈さん |
| 例祭 | 9月第3日曜[1] |
| 地図 | |
伊久智神社(いくぢじんじゃ)は、愛知県知多郡東浦町生路森腰79にある神社。『尾張国内神名帳』の智多郡「伊具智天神」に比定されている。
歴史
古代
創建年は不詳[3]。
塩土老翁を祭神としているが、塩自体を神とするのは珍しいとされる[3]。この地域では平安時代から生道塩(いくじしお)が知られており、調(租税)ではなく御供物として京の東寺に奉納されていた[1][3]。生道塩は『延喜式』や『和名類聚抄』にも登場する。延長5年(927年)に編纂された延喜式神名帳には、知多半島の式内社として師崎村の羽豆神社、阿久比村の阿久比神社、内海村の入見神社の3社が記載されているが、伊久智神社は式外社である[1]。
中世
棟札によると、亨徳3年(1454年)3月3日に長坂近江守、長坂伊豆守、長坂将監によって社殿が再建された[2][3]。古くは生路八剣大明神と称した[3]。
近世
宝暦5年(1755年)に尾張藩によって調査された祭礼絵図があり、また元治2年(1865年)の安産御祈祷覚帳がある[3]。江戸時代以前は、伊勢神宮の神嘗祭の日である旧暦8月17日に祭礼を行っていた[1]。
近代・現代
1868年(明治元年)に明治政府によって神仏分離令が発令されると、1872年(明治5年)には伊久智神社に改称した[3]。1909年(明治42年)、神社合祀令に基づいて秋葉社と金毘羅社に八柱を合祀した[1]。
