伊久智神社

From Wikipedia, the free encyclopedia

位置 北緯34度57分25.1秒 東経136度58分17.3秒 / 北緯34.956972度 東経136.971472度 / 34.956972; 136.971472 (伊久智神社)座標: 北緯34度57分25.1秒 東経136度58分17.3秒 / 北緯34.956972度 東経136.971472度 / 34.956972; 136.971472 (伊久智神社)
伊久智神社
所在地 愛知県知多郡東浦町生路森腰79
位置 北緯34度57分25.1秒 東経136度58分17.3秒 / 北緯34.956972度 東経136.971472度 / 34.956972; 136.971472 (伊久智神社)座標: 北緯34度57分25.1秒 東経136度58分17.3秒 / 北緯34.956972度 東経136.971472度 / 34.956972; 136.971472 (伊久智神社)
主祭神 木花開耶姫命
塩土老翁
社格 帳内社
従三位
創建 不詳
別名 八剱大明神
生路八剱大明神
本鹽竈さん
例祭 9月第3日曜[1]
地図
伊久智神社の位置(愛知県内)
伊久智神社
伊久智神社
テンプレートを表示

伊久智神社(いくぢじんじゃ)は、愛知県知多郡東浦町生路森腰79にある神社。『尾張国内神名帳』の智多郡「伊具智天神」に比定されている。

主祭神[2]
相殿神[1]

歴史

古代

創建年は不詳[3]

塩土老翁を祭神としているが、塩自体を神とするのは珍しいとされる[3]。この地域では平安時代から生道塩(いくじしお)が知られており、調(租税)ではなく御供物として京の東寺に奉納されていた[1][3]。生道塩は『延喜式』や『和名類聚抄』にも登場する。延長5年(927年)に編纂された延喜式神名帳には、知多半島の式内社として師崎村羽豆神社阿久比村阿久比神社内海村入見神社の3社が記載されているが、伊久智神社は式外社である[1]

中世

棟札によると、亨徳3年(1454年)3月3日に長坂近江守、長坂伊豆守、長坂将監によって社殿が再建された[2][3]。古くは生路八剣大明神と称した[3]

近世

宝暦5年(1755年)に尾張藩によって調査された祭礼絵図があり、また元治2年(1865年)の安産御祈祷覚帳がある[3]。江戸時代以前は、伊勢神宮神嘗祭の日である旧暦8月17日に祭礼を行っていた[1]

近代・現代

1868年(明治元年)に明治政府によって神仏分離令が発令されると、1872年(明治5年)には伊久智神社に改称した[3]。1909年(明治42年)、神社合祀令に基づいて秋葉社と金毘羅社に八柱を合祀した[1]

境内

  • 神武天皇遙拝所[4]
  • 宮城遙拝所・神宮遙拝所[4]
  • 生道貝塚[4]

末社

  • 秋葉社・金比羅社(合祀殿)[4]
  • 東之脇社[4]
  • 西之脇社[4]
  • 楠之御前社[4]
  • 熱田社[4]
  • 素婆倶羅社[4]

文化財

大楠の森

町指定無形民俗文化財

  • 伊久智神社神楽 - 慶応3年(1867年)頃に始まったとされる神楽[5]。南組は碧海郡高浜村から伏見流を伝習し、北組は碧海郡吉浜村から朝日流を伝習したとされる[5]。正月や秋の祭礼などで奉納される[5]

町指定天然記念物

  • 伊久智神社大楠の森 - 境内北側に広がる社叢[5]。樹齢100年を超えるクスノキが多数あり、最大のクスノキは目通り約4.7メートル、樹齢約450年[5]。伊久智神社の社叢が理由で、1977年(昭和52年)には東浦町の木にクスノキが選ばれた[5]

現地情報

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI