伊保島
日本のかつての島
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地理
歴史
沖縄県糸満市に属し、大字の「潮平(しおひら)」のうち、小字は「伊保原(いほばる)」であった[5]。伊保島は白い砂州の島であったことから、「シルシナ」と呼ばれ、「イーフ」、「イーユー」、「シノージ」ともいわれた[5]。
個人所有の島であったとされ[1]、戦前は豊見城市与根(よね)の住民が小作し、ダイコンやスイカなどを栽培していた[5]。しかし、戦後は島の砂を採取するために、干潮時にトラックが往来した[2]。沖縄県は不発弾の最終処理を行うまでの一時保管庫として、1973年(昭和48年)度より伊保島の民間火薬庫を使用し、管理を民間に委託した[6]。その際、不発弾を運搬するための道路が建設され、本島と陸続きとなった[1]。その後、火薬類取締法における地上式一級火薬庫が、1983年(昭和58年)5月に嘉手納弾薬庫地区内に完成した[6]。
1980年(昭和55年)から開始された公有水面埋立事業により、島の周囲は埋め立てられた[5]。埋め立て地の面積は約470ヘクタールにおよび、幅約3.5キロメートルのサンゴ礁は、その幅の3分の2が埋め立てられ、消失した[4]。もとの伊保島周辺は西崎町となり、「潮平」の飛地となっていたが、1993年(平成5年)に西崎町5丁目に編入、小字の「伊保原」は廃止され、2011年(平成23年)現在の伊保島が存在した場所は西崎運動公園の西側にあたる[5]。
(左)1977年の伊保島(左)。対岸の沖縄本島と道路で結ばれている。
(右)2010年現在の糸満市西崎町。画像中央上部が伊保島があった場所。
出典:『国土交通省「国土画像情報(カラー空中写真)」(配布元:国土地理院地図・空中写真閲覧サービス)』
(右)2010年現在の糸満市西崎町。画像中央上部が伊保島があった場所。
出典:『国土交通省「国土画像情報(カラー空中写真)」(配布元:国土地理院地図・空中写真閲覧サービス)』
