伊奈波神社
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位置
北緯35度25分38.1秒 東経136度46分14.2秒 / 北緯35.427250度 東経136.770611度座標: 北緯35度25分38.1秒 東経136度46分14.2秒 / 北緯35.427250度 東経136.770611度
主祭神
五十瓊敷入彦命
| 伊奈波神社 | |
|---|---|
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楼門 神門 ![]() | |
| 所在地 | 岐阜県岐阜市伊奈波通り1-1 |
| 位置 | 北緯35度25分38.1秒 東経136度46分14.2秒 / 北緯35.427250度 東経136.770611度座標: 北緯35度25分38.1秒 東経136度46分14.2秒 / 北緯35.427250度 東経136.770611度 |
| 主祭神 | 五十瓊敷入彦命 |
| 社格等 |
式内社(小)論社 旧国幣小社 別表神社 金幣社 |
| 創建 | (伝)景行天皇14年 |
| 例祭 | 4月5日(岐阜まつり) |
| 地図 | |
伊奈波神社(いなばじんじゃ)は、岐阜県岐阜市伊奈波通りにある神社。式内社論社、美濃国三宮で、旧社格は国幣小社。
2015年(平成27年)4月24日、「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜 」の構成文化財として日本遺産に認定される[1]。
歴史
社伝によれば、景行天皇14年、武内宿禰が稲葉山北西の椿原(現在の岐阜公園内の丸山)に五十瓊敷入彦命を祀ったのに始まるとされる。壬申の乱の際に天武天皇が当社に戦勝を祈願したという。
天文8年(1539年)、斎藤道三が稲葉山に稲葉山城を築城するにあたり、現在地に遷座した。この際、その地にあった物部十千根命を祀る物部神社を合祀し、稲葉山城の鎮守とした。以降も、岐阜の総産土神として篤い崇敬を受けた。明治6年に県社に列格し、昭和14年に国幣小社に昇格した。戦後の昭和27年7月1日に岐阜県神社庁より県神社庁長参向神社(金幣社)の指定(金3号)を受ける[2]。
また大日本帝国海軍の軽巡洋艦「長良」(長良型軽巡洋艦のネームシップ)の艦内神社は本宮が分霊されていたゆかりの神社である。
『延喜式神名帳』では、美濃国厚見郡の神社として「伊奈波神社」の社名は記されていないが小社として「物部神社」の社名があり、これが当社に合祀された物部神社であるとされる。あるいは、当社自体が式内・物部神社であるとする説もある。『美濃国神名帳』には「正一位 伊奈波大神」「従五位下 物部明神」と記載されている。
