伊東祐帰
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第13代藩主・伊東祐相の長男。明治2年(1869年)、父が隠居したため家督を継ぎ、まもなく知藩事となる。そして藩の官制改革などを行なっている。明治4年(1871年)の廃藩置県で東京に移住する。
明治10年(1877年)の西南戦争においては、継室の養兄である岩倉具視の要請により、飫肥士族に西郷隆盛率いる西郷軍に加担しないよう説得に当たった[1]。同年4月2日、西郷軍に組みしようとした小倉処平ら飫肥隊のもとにも手紙が届いていた[2]が、結果的に小倉らは西郷軍に参加した。
1884年(明治17年)7月8日、子爵を叙爵した[3]。明治27年(1894年)4月25日、東京にて40歳で死去した。鵜戸神宮宮司を務めた[4]。