佃川支川
東京都の川
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要

逆L字型の掘割である。
隅田川への入口には同地の氏神として知られる住吉神社の名にちなんだ住吉水門が建てられ、また住吉小橋、佃小橋が架けられている。
行き止まり部分は、佃堀である。
この他にも、佃川支川の一部は、住吉神社の3年に1度の例祭時に建てられる大幟の竿や台座となる抱木(だき)と呼ばれる巨大な木材を埋設する場所となっている。この木材は3年に1度の例祭毎に、現在の佃1丁目(旧・佃島)の男子のみで構成される佃住吉講の人々によって、掘り起こされている。
歴史

佃川支川は、もともとは「佃川」という川の支川である。佃川は、東京都中央区の佃(当時の町名は隅田川側から佃島・新佃島西町・新佃島東町)と月島(当時の町名は隅田川側から月島西河岸通・月島西仲通・月島通・月島東仲通・月島東河岸通)の間を流れていた川である。佃川には3つの橋梁が架かっていて、佃と月島を結んでいた。
佃大橋が完成すると、佃川の初見橋から隅田川側は埋め立てられた。この際に、3つの橋梁も併せて廃止された。この時、佃川の佃側にある支川である佃川支川は残され、現在の逆L字型の掘割の様相となった。このときに佃川支川の終端部となったのが佃堀である。その後、朝潮大橋の完成により、佃川の初見橋から朝潮運河側も埋め立てられ、佃川は姿を消した。
佃川の埋め立てにより、佃と月島は地続きとなった。現在、佃川の跡地の全区間の上空には佃大橋通りの新月陸橋がある。
前述の通り、住吉神社の抱木が昔から埋設されている。


