佐々木閑
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- 1956年 福井県坂井郡三国町(現:福井県坂井市三国町黒目)の真宗高田派盛立山称名寺[5]に長男として出生[6][7]
- 1972年 坂井市立三国中学校卒業
- 1975年 福井県立藤島高等学校卒業
- 1979年 京都大学工学部工業化学科卒業
- 1982年 京都大学文学部哲学科仏教学専攻卒業
- 1984年 京都大学大学院文学研究科修士課程修了
- 1987年 京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学
- 1988年 カリフォルニア大学バークレー校南及び東南アジア言語学科Ph.D.課程入学
- 1990年 花園大学文学部仏教学科講師
- 1992年 花園大学文学部助教授
- 1999年 『アショーカ王時代の仏教部派』で佛教大学で博士(文学)
- 2002年 花園大学文学部教授
受賞歴
- 1992年、日本印度学仏教学会賞
- 2003年、鈴木学術財団特別賞
仏教学に関する事案
アカハラ事件を巡って
清水俊史と馬場紀寿(東京大学教授)は、ブッダゴーサの仏教史における位置づけをめぐり2016年から論争を続けている[8][9]。この論争の過程で、清水はアカデミック・ハラスメント(アカハラ)や出版妨害を受けた[8][9]。
大乗経典と漢訳『阿含経』とでは、『阿含経』の方が(漢訳される前のオリジナルの経典が)先にインドで成立したというのが通説である[10]。大乗経典の内容に関して、『阿含経』などで説かれる部派仏教の教義を「小乗の教え」と蔑視・批判し、大乗の教義こそが真の仏説(釈迦の教説)であるという思想が教義の根底にあるが、『阿含経』側には大乗思想についての言及や批判が全く見られないため、『阿含経』の方が先に成立し、その後それを批判する形で大乗経典が成立したと説明される(加上説・大乗非仏説)[11]。
上座部仏教の『パーリ仏典』の大乗経典に対する優位性(どちらが成立年代が先か)については現在論争中の事案である。漢訳『阿含経』と『パーリ仏典』とでは内容が一部重複し一定の対応関係にあるため、昭和期には『パーリ仏典』の方が大乗経典よりも成立が古いと考えられた[12]。平成期に下田正弘はこの見解の懐疑論を提示した。文献史学(高等批評)研究を踏まえれば、「元々オリジナルの仏説が存在し、それを改編して大乗経典が成立したこと(大乗非仏説)」自体は学術的に正しいと下田は認めているが[13]、漢訳経典(漢訳阿含経・漢訳大乗経典)と『パーリ仏典』を比較したとき、『パーリ仏典』は古い写本が現存していないこと(#パーリ仏典#写本の成立年代)、伝承の系譜が不明である『パーリ仏典』の近代写本のテクストを根拠として紀元前の釈迦の説法を復元推定するのは学問的方法としておかしいと下田は主張した[14]。下田正弘に師事した馬場紀寿は、著書『上座部仏教の思想形成―ブッダからブッダゴーサへ』で上座部仏教の教義の一部は釈迦の直説ではなく『パーリ仏典』の正典化に寄与したブッダゴーサの思惑によって改ざんされたものだとする説を唱えた。馬場によればブッダゴーサが非仏説であるとして大乗経典を恣意的に排除し、また採用した仏典についてもブッダゴーサが信じる教説にそぐわない箇所は改ざんが行われたという。すなわち馬場説は、現在の上座部仏教の教義はブッダゴーサの思想によって成立したものであり、釈迦の直説が改ざんされ、大乗的な要素が排されて成立したとする説である[15]。。この馬場説は大乗非仏説に対する一つの反論(上座部も非仏説論、真の仏説不明論)として機能してきた。しかし清水俊史はこの説に異を唱え、ブッダゴーサは仏典注釈者としての本分を務めたにすぎず経典の改ざんは行わなかったとし、従来の通説通り『パーリ仏典』の方が大乗経典よりも成立が先行するとした。清水説では大乗経典は明らかに後世の創作であるため『パーリ仏典』に採用されず排除されたとした[16]。馬場・清水論争は、清水説が正しければ大乗経典よりも『パーリ仏典』の方が成立年代が古く釈迦直説に近いということになり、「上座部も非仏説論・真の仏説不明論」という大乗非仏説の反論を封じ、日本仏教(大乗仏教)の教義は全て釈迦の直説ではなく後世に創作されたものであることが確実になるので、仏教界の注目を集めていた。
2022年、佐々木閑は『禅学研究』第100号においてこの論争を整理する評論を発表し、アカハラの加害者が馬場であることを示唆した。佐々木は「加害者と利害を共有し、 加害者を援護している人もいるようなので、そういった人たちの言動を逐一観察し記録する。その記録は状況が変われば公にできる時が来るかもしれない。ひょっとしたら記録だけ残して死ぬかもしれないが、それはそれで構わない。(略)加害者側が清水氏に対しておこなった行為から類推して、このような評論を公にした私に対しても様々な攻撃がおこなわれる可能性はある。おおっぴらな攻撃は自らの行為を告白するようなものであるから、おそらくは秘密裏に,私の言動の信頼性を損なわせるような策を練るものと思われる。幸いなことに私はもう人生の峠も越し、守るべきものもないので構わないが、そのような私 に引き比べて、傑出した能力を持ち堂々と論陣を張りながら邪な妨害によって人生の登り口で足を引っ張られた清水氏の心中を思うとやるせない」とこの告発の覚悟と気概を述べている[17]。
清水は自著『お布施のからくり』のあとがきで、佐々木より「馬場による、清水に対するアカハラを目撃した」との証言をいただいたと記している。
仏教に関する見解
佐々木は大乗非仏説寄りの見解を持っており、「釈迦はこの世を一切皆苦ととらえ、輪廻を断ち切って涅槃に入ることで、(浄土への往生ではなく)二度とこの世に生まれ変わらないことこそが究極の安楽だと考えた」「大乗仏教が言うような在家者として普通に暮らす中にも悟りへの修行がある、という考えは(釈迦本来の教えからは)成り立たない。在家者として普通に暮らすということは、善行を積んで(来世で)楽な生まれを目指すという生き方に従うということで(中略)俗世で善行を積み重ねても、悟りを開いて涅槃に入るという道にはつながらない」と説明している[18]。しかし佐々木は大乗非仏説が立証されたからといって大乗仏教の価値が損なわれる訳ではなく、歴史的事実として、大乗仏教は原始仏教における世界観・宗教観を乗り越える形で、教義を変容・発展させていったという経過があるのだから、前提となっている原始仏教経典を知ることは、大乗仏教を深く知る上でも有益であると説明している[19]。
なお佐々木本人の宗教信条としては「私は釈迦を信じていますが、輪廻も業も信じていません。そんなものは嘘だと思っています」と述べている[20]。
著書
- 『出家とはなにか』(大蔵出版、1999年)
- 『インド仏教変移論、なぜ仏教は多様化したのか』(大蔵出版、2000年)
- 『犀の角たち』(大蔵出版、2006年)
- 『科学するブッダ 犀の角たち』(角川ソフィア文庫、2013年)
- 『日々是修行 現代人のための仏教100話』(ちくま新書、2009年)
- 『「律」に学ぶ生き方の智慧』(新潮選書、2011年)
- 『ブッダ真理のことば = Buddha Dhammapada』(NHK出版、2012年)。「100分de名著」ブックス
- 『仏教は宇宙をどう見たか アビダルマ仏教の科学的世界観』(化学同人(選書判)、2013年、同・文庫判、2021年)
- 『ゴータマは、いかにしてブッダとなったのか』(NHK出版新書、2013年)
- 『般若心経』(NHK出版、2014年)。「100分de名著」ブックス
- 『ブッダ 最期のことば』(NHK出版、2015年)。「100分de名著」放送テキスト
- 『集中講義 大乗仏教―こうしてブッダの教えは変容した』(NHK出版、2015年)。別冊「100分de名著」放送テキスト
- 『出家的人生のすすめ』(集英社新書、2015年)
- 『ブッダに学ぶ「やり抜く力」』(宝島社、2017年)
- 『ネットカルマ』(角川新書、2018年)
- 『大乗仏教―ブッダの教えはどこへ向かうのか』(NHK出版新書、2019年)
- 『仏教の誕生』(河出新書、2020年)
- 『宗教の本性 誰が「私」を救うのか』(NHK出版新書、2021年)
共編著
- 『生物学者と仏教学者 七つの対論』(斎藤成也との共編著、ウェッジ選書、2009年)
- 『真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話』 (大栗博司との共著、幻冬舎新書、2016年)
- 『ごまかさない仏教 仏・法・僧から問い直す』(宮崎哲弥との共著、新潮選書、2017年)
- 『宗教は現代人を救えるか 仏教の視点、キリスト教の思考』 (小原克博との共著、平凡社新書、2020年)