佐伯弘治
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富山県立富山商業学校[2]、国士舘専門学校を経て、1951年、法政大学法学部卒。
1953年、法政大学大学院(旧制)修了[1]。指導教授は薬師寺志光[3]。
大学院修了後、法政大学短期大学部商経科講師(法政大学柔道部監督と兼任)を経て、1965年流通経済大学の開学に伴い経済学部助教授[1]、1969年教授[1]。
1974年、46歳の時、流通経済大学学長に就任し、2001年3月まで、9期27年務める[1]。
2001年4月、流通経済大学名誉学長および名誉教授、学校法人日通学園学園長になる[1]。
2005年から2009年まで学校法人国士館の理事長を務めた[1]。
2016年2月3日、88歳にて逝去。
功績など
第二次世界大戦終了後の一時期、柔道・剣道等の武道は、GHQにより、戦前の日本の軍国主義台頭を招いた一因と見做された。これにより、武道自体の禁止,武道に関する団体の解散命令が出され、戦前より活動していた各大学の柔道部も解散を余儀なくされる。後に、GHQより「スポーツとしての武道」と言う新方針が打ち出され、日本政府もこの方針による武道の解禁,武道に関する団体の活動を容認する事となる。これを受けて、法政大学でも柔道部を復活させる事となり、法学部在学中はその中心的役割を果たす。学部卒業後は大学院に進学し、民法を研究。大学院修了後、母校で講師として教壇に立ちつつ、法政大学の柔道部監督を務め、戦後の早い時期から学生柔道界の発展を牽引した。また、全日本学生柔道連盟理事長、全日本柔道連盟でも常任理事等の要職を務め、世界学生柔道選手権大会の日本選手団長も歴任した。[4]中国・台湾との柔道を通じた国際交流に熱心に取り組み、中華人民共和国の国際柔道連盟加盟にも尽力した。2020年、その功績を称えるため、流通経済大学龍ケ崎キャンパス内に、武道場、「佐伯記念武道館」が建設されている。[5]
著書(学術書)
著書(学術書以外)
- 『明日を担うために』(桐原書店)
- 『いま歴史の岐路に立って』(桐原書店)ISBN 434265430X
- 『運命との邂逅』(流通経済大学出版会)ISBN 4947553278