倉兼育康

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国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県
生年月日 (1975-11-10) 1975年11月10日(50歳)
血液型 A型
倉兼育康
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県
生年月日 (1975-11-10) 1975年11月10日(50歳)
血液型 A型
騎手情報
所属団体 高知県競馬組合
所属厩舎 松下博昭(1995.10.9 - 2010.12.19)
→松木啓助(2010.12.20 - 2018.11.30)
→細川忠義(2018.12.1 - 引退)
勝負服 胴黄、黒縦縞、袖赤、黄二本輪
初免許年 1995年
騎手引退日 2023.7.31
通算勝利 14,902戦2,112勝(JRA1戦0勝)
経歴
所属 高知競馬場
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倉兼 育康(くらかね いくやす、1975年11月10日 - )は、地方競馬高知競馬場所属の調教師(元騎手)である。騎手時代の勝負服の柄は胴黄、黒縦縞、袖赤、黄二本輪。大分県出身。ソウル競馬場では別仕様の勝負服を使用していたが、2009年釜山慶南競馬場では日本でのものと同様の勝負服に変更した。

騎手時代

3歳の時にパラグアイへ移住し、少年時代は現地で野球に打ち込み、中学生の時に高知県野球留学のため帰国した。しかし身長が伸びないことに悩み、中学校の教頭の勧めで騎手になることを決意。

1995年9月、地方競馬教養センターを卒業後高知競馬場所属の騎手となり、1995年10月9日に松下博昭厩舎所属として高知競馬8Rでシマノワールドに騎乗したデビュー戦は 10頭中8着[1]。翌10月10日、高知競馬5Rでカツムサシに騎乗し1着となり、初勝利を挙げる[1]

1997年9月23日第12回全日本新人王争覇戦出場(12人中4位)[2]。同年10月12日、高知競馬9Rの珊瑚冠賞でスーパープレイに騎乗し1着となり、地方競馬通算100勝を1057戦目で達成。

2003年以降は常に高知のリーディングジョッキー5位以内の成績を収めるようになった。

2004年1月17日、高知競馬11Rでサファリルージュに騎乗し1着となり、地方競馬通算500勝を4737戦目で達成[1]。同年2月1日、1日11鞍(当日の全競走)に騎乗し、高知競馬1日最多騎乗記録を達成[1][注 1]。同年5月30日、高知競馬11Rでトーヨーペクターに騎乗して、地方競馬通算5000回騎乗達成[1]

高知競馬場が廃止問題に揺れる中で他の競馬場での騎乗を志すようになったが、勝利数が概ね1,000勝以上という要件を満たすことが出来なかったため期間限定騎乗騎手制度を利用することはできなかった。そのためソウル競馬場が外国人騎手を対象に募集していた期間限定騎乗(短期免許と同等のもの)を利用し、2007年7月8日から韓国ソウル競馬場での騎乗を開始[3][4]。ソウルで短期免許を取得した初の外国人騎手となる。7月8日、韓国初騎乗はソウル2Rでエックスタイガーに騎乗し4着[1]。同月14日、ソウル7Rでサールナートに騎乗し1着となり、韓国初勝利を挙げる[5]。11月18日ソウル競馬場10Rの農林中央会長杯で ピルソンギウォンに騎乗し1着となり、海外重賞初勝利[1]。当初3ヶ月の予定だったが、その後も延長を重ねて2008年12月28日まで期間限定騎乗を行った[6][7]

2009年1月9日から4月26日までは釜山慶南競馬場で期間限定騎乗した。韓国での成績は2007年は282戦22勝(うち重賞1勝)、2008年は583戦44勝、2009年は191戦40勝だった。

2009年5月9日の第3回開催から高知競馬での騎乗を再開した[8]

2010年2月13日福山競馬第5競走福山・高知連携 お龍シリーズ一戦(C12)条件戦をバブルガムトパーズで優勝し、7642戦目で地方競馬通算1000勝達成(10頭立て1番人気)[9]。同年12月20日付で松木啓助厩舎へ所属変更[1]

2013年2月24日、高知競馬9Rでヴィルトゥオーサに騎乗し1着となり、地方競馬通算1500勝を9870戦目で達成[10]

2014年4月13日より2015年1月まで再び韓国・ソウル競馬場で期間限定騎乗。10月19日、韓国でKRAカップクラシックにサムジョンジェワンに騎乗し優勝[11]。この年はソウル競馬場で101勝を挙げ、外国人騎手として初めて年間100勝を突破し、ソウル競馬場最優秀騎手に選出された[12]。同年の韓国での騎乗成績は679戦101勝2着88回、勝率14.9%、連対率27.8%[13]

2015年2月8日より高知競馬での騎乗を再開。同月22日、高知競馬10Rでエムオーモンスターに騎乗し、地方競馬通算10000回騎乗達成[14]

2015年8月1日から10月31日の予定で釜山慶南競馬場で期間限定騎乗[15]。同年9月13日には韓国競馬では外国人騎手として初の通算300勝を韓国競馬2408戦目で達成した[16]。期間限定騎乗は2016年7月まで延長された。

2017年10月1日、高知競馬12Rでディープリアンに騎乗し1着となり、日韓通算2000勝(国内1653勝・韓国347勝)を達成[17]

2018年12月1日より、細川忠義厩舎所属となった[18]

2021年9月20日高知競馬第6競走をマイネルボーダレスで勝利して、13986戦目で地方通算2000勝を達成した[19]

2023年7月14日、令和5年度第1回地方競馬の調教師・騎手合格者が発表され、調教師試験に合格[20]。7月30日、高知競馬11Rでスリーズロワイヤルに騎乗しての4着が最終騎乗となった[21]。7月31日付けで騎手を引退し、翌8月1日より調教師に転身[22]

地方通算成績14902戦2112勝、中央競馬通算成績1戦0勝、韓国競馬通算成績2820戦347勝

調教師時代

2023年11月25日の高知競馬第2競走でダンスショウで管理馬初出走(4着)。翌26日の高知競馬第4競走をバリチューロで制し、デビュー2戦目で管理馬初勝利を飾る[23]

2024年10月のゴールド争覇をバリチューロで優勝。名古屋競馬場で管理馬の重賞初制覇を決める[24]

2026年2月18日、高知競馬第5競走でビームが1着となり、地方競馬通算100勝を591戦目で達成[25]

競走スタイル

かつては「追い込みのイク」と呼ばれるほど、バックストレッチにおける鮮やかな捲くりや直線での差しを得意にしていた。その反面逃げ馬に乗ると差されやすい傾向にあった。しかし近年は逃げ馬の騎乗回数も増え、鮮やかな追い込みは減り、戦法に関わらず高い勝率を維持している。

主な勝鞍

主な管理馬

脚注・出典

関連項目

外部リンク

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