入海神社
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| 入海神社 | |
|---|---|
|
拝殿 | |
| 所在地 | 愛知県知多郡東浦町緒川屋敷壱区48 |
| 位置 | 北緯34度59分7.9秒 東経136度58分9.6秒 / 北緯34.985528度 東経136.969333度座標: 北緯34度59分7.9秒 東経136度58分9.6秒 / 北緯34.985528度 東経136.969333度 |
| 主祭神 |
弟橘媛命 応神天皇 |
| 社格等 |
式内社論社 旧郷社 |
| 創建 | (伝)宝亀3年(772年) |
| 別名 |
入海大明神 大明神 |
| 例祭 | 10月10日[1] |
| 地図 | |
入海神社(いりみじんじゃ)は、愛知県知多郡東浦町緒川屋敷壱区48にある神社。『延喜式神名帳』の尾張国知多郡「入見神社」の論社。
歴史
社伝によれば宝亀3年(772年)創建とされる[1]。天文13年(1544年)、緒川城主の水野信元が社殿を改築した際の棟札が残っていたという[1]。初代緒川城主の水野貞守は城の鎮守として緒川字八幡に八幡社を建立した[1]。
江戸期には入海大明神と称し、知多郡緒川村の氏神であった。江戸初期作の所蔵刀に「奉寄進入海大明神」と、『寛文村々覚書』に「緒川村...大明神」とある。社名が類似していることから、『張州府志』は当社が『延喜式神名帳』の知多郡「入見神社」とする説を挙げている。しかしこれには異説もあり、天野信景は『本国神名帳集説』の中で「入見神社」を内海荘中之郷村の八王子(現在の入見神社)に比定している。江戸後期の『尾張志』は式内社「入見神社」について以下のように述べている。
入海は則内海と同意なれはここなるへけれと、緒川村の入海神社を入海大明神とも称し弟橘媛命を祭り かの姫命の相模の海に入給ひし御贄をあかめ祀りしなればそれを此式社なりといふ説ありて今は一定しかたし — 『尾張志』知多郡
このように『尾張志』では中郷村の八王子と緒川村の入海大明神、どちらが式内社「入見神社」か定めがたいとしている。
かつては見事な社叢を有していたが、1959年(昭和34年)9月の伊勢湾台風で大きな被害を受けた[1]。1967年(昭和42年)10月には八幡社が入海神社に合祀された[1]。


