内藤就行
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | ナイトウ ナルユキ | |||||
| ラテン文字 | NAITO Naruyuki | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1967年11月9日(58歳) | |||||
| 出身地 | 奈良県奈良市[1] | |||||
| 身長 | 178cm | |||||
| 体重 | 72kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF、MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1983-1985 |
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| 1986-1989 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1990-1992 |
| 30 | (3) | |||
| 1992-1999 |
| 148 | (3) | |||
| 2000-2001 |
| 38 | (1) | |||
| 2001-2002 |
| 37 | (1) | |||
| 2003 |
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| 通算 | 253 | (8) | ||||
| 監督歴 | ||||||
| 2004 |
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| 2016 |
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| 2017 |
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| 2018-2019 |
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| 2020 |
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| 2021 |
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| 2022-2023 |
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1. 国内リーグ戦に限る。2017年12月31日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
内藤 就行(ないとう なるゆき、1967年11月9日 - )は、奈良県奈良市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。JFA公認S級コーチライセンス保持者。
帝塚山FC時代の第3回全日本少年サッカー大会で決勝大会を経験。大淀高校時代に全国選手権に出場。中京大学卒業後、1990年にJSL1部の本田技研に入団。
Jリーグ開幕に伴い1992年に鹿島アントラーズに移籍。フォワード(FW)として加入したが、同時期に鹿島に在籍していたアルシンド、黒崎比差支、長谷川祥之といったFW陣の中でレギュラーを獲得するには至らず、1995年に右サイドバック(SB)へコンバートされレギュラーポジションを掴んだ[2]。1996年には全試合に先発出場し鹿島初となるJリーグ年間優勝を支えた[2]。
1997年、当時日本代表レギュラーSBでもあった名良橋晃の移籍加入によって、SBからボランチへポジションを移したが[2]早々にプレーを身に付け、セカンドステージ及びチャンピオンシップ優勝に貢献。時には最終ラインでストッパーも務めるなど多様なポジションをこなすユーティリティプレイヤー、陰のMVPとして[3]活躍。元々FWだったこともあり、機を見たオーバーラップでチャンスを演出した。
2000年にFC東京に完全移籍。大熊清監督からは攻撃参加のタイミングやクロス精度だけでなく、常に全力プレーを心がけるプロ意識を評価されて信頼を掴み[3]、梅山修から右SBの定位置を奪取。年間を通してレギュラーとして活躍した。開幕から連勝し一時は首位に立つなどした東京旋風を支え、8月19日に行なわれた国立競技場での古巣・鹿島戦では同点に追いつく値千金の移籍後初ゴールを決めるなどチームのJ1定着に足跡を残した。FC東京はこの年J1初参加だったため多くのJ1経験者を補強していたが、その中でレギュラーを確保できたのはGK土肥洋一と内藤だけだった[4]。翌2001年も開幕から右SBとして先発起用されていたが、6月頃から小峯隆幸がSBに配されるようになり、出場機会を減らしていた。
2001年シーズン途中の8月、守備陣の人材不足に陥り成績低迷の最中にあったアビスパ福岡は、J2降格を阻止すべく内藤を完全移籍で獲得[5]。しかし最終節で降格が決定し、2002年は自身初となるJ2でのプレーとなった。若返りを図るクラブ方針により戦力外通告を受けたため、この年限りで福岡を退団。
2003年からは指導者の第一歩として九州リーグ・ヴォルカ鹿児島にて選手兼任でコーチを務めた[6]。同年をもって現役を引退。
2004年にサガン鳥栖のユース監督に就任[6]。2005年からはトップチームのコーチ(サテライトチーム監督兼任)として若手選手の育成を担当[6]。松本育夫・岸野靖之両監督の下3年間鳥栖の躍進を支えた。2008年にはJリーグで監督を務めることができるS級コーチライセンスを取得[6]。
2009年、J1初挑戦となるモンテディオ山形のトップチームコーチに就任した[7]。山形でも若手選手の指導に力を注ぎ、小林伸二監督を補佐。戦力差故の前評判の低さを覆し3年に渡ってJ1に残留、チームを強化した。小林の退任に併せ、山形との契約を満了[8]。
2012年にアルビレックス新潟ユースコーチ[9]、2013年に九州産業大学サッカー部のヘッドコーチを務めた[10][11]。
2016年、アンジュヴィオレ広島のヘッドコーチに就任[12]。同年4月には監督に昇格した[13] ものの、成績不振により9月に監督を解任された[14]。
2016年9月、香川県立高松商業高校のコーチに就任した[15]。
2017年4月、神戸国際大学サッカー部監督に就任。2018年よりブランデュー弘前FCの監督に就任した[16]。
2020年3月1日、ポルベニル飛鳥の監督に就任した[17]。
2021年、テゲバジャーロ宮崎の監督に就任した[18]。同年12月27日、宮崎の監督を退任して、アカデミー真摯コーディネーターに就任した[19]。 2022年2月25日、前任である村尾龍矢の退任に伴いU-18監督に就任。アカデミーコーディネーターと兼任で務める。
2023年12月15日、2023シーズンをもってU-18監督及びアカデミーコーディネーターを退任することが発表された[20]。
エピソード
所属クラブ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | JSL杯/ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1990-91 | 本田 | 14 | JSL1部 | 9 | 1 | 3 | 1 | ||||
| 1991-92 | 9 | 21 | 2 | 4 | 0 | ||||||
| 1992 | 鹿島 | - | J | - | 6 | 0 | 2 | 1 | 8 | 1 | |
| 1993 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | |||
| 1994 | 15 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 16 | 1 | |||
| 1995 | 32 | 0 | - | 4 | 1 | 36 | 1 | ||||
| 1996 | 30 | 1 | 9 | 0 | 3 | 0 | 42 | 1 | |||
| 1997 | 5 | 20 | 0 | 11 | 0 | 1 | 0 | 32 | 0 | ||
| 1998 | 28 | 1 | 5 | 1 | 4 | 0 | 37 | 2 | |||
| 1999 | J1 | 19 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 22 | 0 | ||
| 2000 | FC東京 | 2 | 27 | 1 | 2 | 0 | 1 | 0 | 30 | 1 | |
| 2001 | 11 | 0 | 2 | 0 | - | 13 | 0 | ||||
| 福岡 | 38 | 10 | 0 | - | 0 | 0 | 10 | 0 | |||
| 2002 | 5 | J2 | 27 | 1 | - | 0 | 0 | 27 | 1 | ||
| 2003 | V鹿児島 | 九州 | - | 1 | 0 | ||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 196 | 4 | 38 | 0 | 16 | 2 | 250 | 6 | |
| 日本 | J2 | 27 | 1 | - | 0 | 0 | 27 | 1 | |||
| 日本 | JSL1部 | 30 | 3 | 7 | 1|||||||| | ||||||
| 日本 | 九州 | ||||colspan="2"|-|||||||| | |||||||||
| 総通算 | |||||||||||||| | ||||||||||
- その他の公式戦
- 1990年
- コニカカップ 1試合0得点
- 1991年
- コニカカップ 7試合1得点
- 1996年
- サントリーカップ 2試合0得点
- 1997年
- XEROX SUPER CUP 1試合0得点
- 1998年
- Jリーグチャンピオンシップ 2試合0得点
- 1999年
- XEROX SUPER CUP 1試合0得点
- 国際大会
- アジアクラブ選手権 7試合0得点
- アジアカップウィナーズ選手権 6試合1得点
指導歴
- 2003年 ヴォルカ鹿児島:コーチ (選手兼任)[6]
- 2004年 - 2008年:サガン鳥栖
- 2009年 - 2011年 モンテディオ山形:コーチ
- 2012年 アルビレックス新潟ユース:コーチ
- 2013年 - 九州産業大学:ヘッドコーチ
- 2016年1月 - 4月 アンジュヴィオレ広島:ヘッドコーチ
- 2016年4月 - 9月 アンジュヴィオレ広島:監督
- 2016年9月 - 香川県立高松商業高校サッカー部:コーチ
- 2017年4月 - 12月 神戸国際大学サッカー部:監督
- 2018年 - 2019年 ブランデュー弘前FC:監督
- 2020年 ポルベニル飛鳥:監督
- 2021年 - 2023年 テゲバジャーロ宮崎
- 2021年 監督
- 2022年 - 2023年 アカデミー真摯コーディネーター兼U-18監督