初見充宣

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生誕 (1952-11-09) 1952年11月9日(73歳)
身長 171 cm (5 ft 7 in)
体重 73 kg (161 lb)
国籍 日本の旗 日本
初見 充宣
Minoru HATSUMI
基本情報
生誕 (1952-11-09) 1952年11月9日(73歳)
身長 171 cm (5 ft 7 in)
体重 73 kg (161 lb)
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都
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初見 充宣(はつみ みのる、1952年11月9日 - )は、東京都出身のプロゴルファー

18歳からゴルフを始め、1977年にプロテストで合格[1]

1987年の伊香保国際オープンでは初日、最終日共に69をマークし、川俣茂と並んでの5位タイに入った[2]

1988年にはテーラーメイド瀬戸内海オープンで初日を手嶋啓二木村政信秋富由利夫合田洋マイク・ファーガソンオーストラリア)と並んでの8位タイ[3]でスタートし、2日目にはファーガソンと共に泉川ピート並木弘道三上法夫と並んでの9位タイ[4]に着け、最終日には7位タイ[5]に入った。

1988年の日本プロで2日目に中嶋常幸甲斐俊光と共に68、最終日には尾崎将司白浜育男・木村と共に67をマークし、安田春雄芹澤信雄・木村と並んでの8位タイに入った[6]

1988年の栃木オープンでは室田淳と並んでの3位タイに入った[7]

1988年のかながわオープンでは初日を水巻善典岩下吉久と並んでの5位タイ[8]でスタートし、最終日には羽川豊・泉川と並んでの5位タイ[9]に入った。

1989年ブリヂストン阿蘇オープンロジャー・マッカイ(オーストラリア)、入野太・芹澤と並んでの8位タイ[10]に入った。

1990年のサンコーグランドサマーでは最終日に65をマークし、横山明仁と並んでの2位タイに入った[11]

1991年には栃木オープン[12]、スポーツ振興オープン[12] [13]、後楽園カップ(第3回)[12] [13]と3勝[12]を挙げたほか、ジーン・サラゼン ジュンクラシックでは金子柱憲山本治人と並んでの6位タイ[14]に入った。

1994年にはJCBクラシック仙台で9位[15]1996年にはアコムインターナショナルで6位[16]に入り、1997年のアコムインターナショナル[17]を最後にレギュラーツアーから引退。

2008年の第1回金秀シニア沖縄オープンでは初日1アンダー6位タイで迎えた最終日に前半を3アンダーで折り返し、後半は10番、11番で ボギーを叩くが、「自分のできる事をやっていけばいい」と平常心を取り戻して臨んだ12番でバーディを奪う[18]。このホールから14番まで多くの選手がスコアを落とす中、3連続バーディを奪って首位に立つ[18]。最終的には7バーディー、3ボギーの猛チャージで68をマークし、通算5アンダー139で逆転優勝の初代王者となった[18]

2013年の日本プログランドシニアでは安定したショットで着実にスコアを伸ばし、高橋勝成との2ホールに渡るプレーオフの末、4アンダーで初参戦初優勝[19]

2017年には64歳の関東プログランドシニアを63で回り、1981年中村寅吉が65歳の関東プロシニアを65で回った記録を更新し、最年少記録となった[20]

2020年には親しいフランキー・ミノザフィリピン)がきっかけで笹生優花と3日間も練習ラウンドを共にし、笹生のバックスイングを見て自身のバックスイングを意識するようになり、ラウンド後にはISPS HANDAコロナに喝!スーパーシニア、日本プロゴールドシニア・スーパーシニア、金秀シニア・スーパーシニアと、3試合を立て続けに優勝する[21]

2021年には関東ゴールドシニアで優勝し、関東グランド、ゴールド、日本グランド、ゴールドと公式戦タイトルを総なめにした[22]

主な優勝

脚注

外部リンク

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