前川淳 (脚本家)

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前川 淳(まえかわ あつし、1964年7月7日[1] - )は、脚本家神奈川県横浜市生まれ[2]。日本脚本家連盟理事。

父親は宇宙物理学者で横浜天文研究会を創立した前川光。

当初は脚本家志望でなく、監督志望でドキュメンタリー映像を撮影するような会社に就職していたが、「ドラマの現場がやりたい」と思って20代の時は助監督をしていた[3]。ちょうど結婚していたり会社が倒産していたりして、生活のために仕事が選べなくなり、映像とはまったく違う仕事をしていた[3]。映像の仕事に対する夢が捨てきれず、「通信教育なら、仕事をやりながらでもできるな」と思い、シナリオ・センターの通信講座に申し込み、当時の添削だった新井一の門下生となる[3]。ただし、達筆でほとんど読めず、新井はとにかく褒めちぎっていたこともあり、「俺ってすげーな」とテングになった[3]。夏合宿(現・サマーセミナー)に参加していたところ課題を出されて短時間で書くお題が出ていたが、それが書けず、ケチョンケチョンに言われた[3]。その後脚本家としてデビューできるとは思っていなかったことから「あぁこれは教室に通わなければいけない」、「これだけやったんだからもう十分だ」と思っていたという[3]

当時受けていた『ドラゴンボール』のプロデューサーだった森下孝三の特別講義で課題を出して企画書を書いて来るお題があり、その時は「良かったら採用する」ということだった[3]。結局合格したものはなかったが、森下は「一つだけ揉めば何とかなりそうな企画書がある」と述べており、それが前川の書いた企画書だったという[3]。その後、森下の2人でその企画を話し合い、最終的にはその企画は通らなかったが、それが縁で「『ドラゴンボールZ』を1本書いてみるか」ということになり、1995年の『ドラゴンボールZ』第257話「特訓成功!!これで終りだ魔人ブウ」で脚本家としてデビュー[1][3]。当時アニメの進み具合のほうが原作漫画に追いついてしまった状況のなかで前川は原作1話分まるまるもらっていたが、プロデューサーも「初めての奴に任せるのは不安だったんだ」と前川は語る[3]。その時はある人物から「鳥山明先生のセリフは一切変えるな」、「足してもいいけど削っちゃダメ」、「原作通りに書け」と言われていたが、漫画の内容をシナリオにするだけで埋まってしまい、ある人物から「確かに原作通りだけど、原作通り過ぎて実力がわかんない」と言われて次の話は丸々オリジナルの話だった[3]。その後も脚本を書いていくうちに、「ここまで続いた」という感じで『ドラゴンボールZ』でデビューできたのは、シナリオ・センターのおかげと前川は語る[3]

就職も結婚もして子供もいる時のデビューだったため、それまでの仕事をすぐには辞められず、いつ仕事が切れるかもわからない状況だったこともあり、サラリーマンやりながら脚本を書いて、結局4年間二足の草鞋を履いていた[3]。打ち合わせは全部夜にして、皆の協力体制があったことから「何とかやれた」という感じだった[3]。当初は「3年やって脚本の仕事が途切れなかったら会社を辞めて脚本を本業にしよう」と思っていたが、その3年目に勤めていた会社の社長が死去して辞めづらい状況になり、1年延長していた[3]。4年目に東映アニメーションのプロデューサーの関弘美が「仕事を振りたいから会社辞めて独立しちゃえば?」と言われて会社を退社[3]。関が「待ってたよ」と言われて『おジャ魔女どれみ』と『デジモンアドベンチャー』の脚本を務めることになった[3]。二足の草鞋を履いている4年間にテレビアニメの『ドラゴンボールZ』、『ドラゴンボールGT』『美少女戦士セーラームーンセーラースターズ』、『ドクタースランプ』、特撮の『仮面天使ロゼッタ』の脚本を書いており、脚本だけで食べていかれるようになったのは4年かかった[3]。このことについては、「僕自身、その4年間よくやったな」と語る[3]

前述の通り「周囲の協力なしではできなかった」と語り、当時は打ち合わせは夜で、書けるのは土日しかなかったこともあり、妻が子供を公園に連れて行き、前川は部屋で執筆のようことをしていた[3]。『ドラゴンボール』の時は東映アニメーションのプロデューサーとその助手とフジテレビのプロデューサーと前川の計4人だけでやっていたこともあり、打ち合わせの予定が組みやすかったが、『美少女戦士セーラームーン』の時は土日で2本は書けないので、有休を使って書いていた[3]。当時は「どうせバレる」と思っていたこともあり、会社には正直に言っていた[3]。その会社は家族経営の会社だったため、理解がありその関係者から「会社の仕事に差し支えないならいいよ」と言われており、最後の方は有休も使い果たし、仮病を使ったこともあった[3]。会社で寝ていたり。仕事に思いっきり差し障りが出ており、バレていたようだったが、2016年の前川のインタビューによると「皆さんの協力の賜物だった」と語っている[3]

主に子供向けアニメを中心的に活動しているが、近年は深夜アニメのシリーズ構成も手がけるようになる。代表作は『デジモンアドベンチャー』、『魔法戦隊マジレンジャー』、『フレッシュプリキュア!』、『ボンバーマンジェッターズ』、『HUNTER×HUNTER』など。娘は声優前川涼子[4]

2015年以降、『터닝메카드(邦題:ターニングメカード)』での構成を経て玩具の販売を前提とした韓国アニメにも関わるようになった。

作品リスト

テレビアニメ

太字はシリーズ構成も担当。

劇場アニメ

Webアニメ

テレビドラマ

映画

オリジナルビデオ

特撮

小説

漫画原作

脚注

関連項目

外部リンク

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