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加納町

日本の岐阜県稲葉郡にあった町 From Wikipedia, the free encyclopedia

加納町(かのうちょう)は、かつて岐阜県稲葉郡に存在した町で、現在の岐阜市南部に当たる旧城下町である。 江戸時代に中山道の加納宿の宿場町、加納藩の城下町であった土地であり、関ヶ原の戦い以前と明治維新以後の「岐阜」に当たる。

廃止日 1940年2月11日
廃止理由 編入
加納町・則武村 → 岐阜市
現在の自治体 岐阜市
国 日本の旗 日本
概要 かのうちょう 加納町, 廃止日 ...
かのうちょう
加納町
廃止日 1940年2月11日
廃止理由 編入
加納町・則武村 → 岐阜市
現在の自治体 岐阜市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 中部地方、東海地方
都道府県 岐阜県
郡 稲葉郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 2.25 km2.
総人口 18,584人
(国勢調査、1935年)
隣接自治体 岐阜市、稲葉郡三里村、茜部村、厚見村
加納町役場
所在地 岐阜県稲葉郡加納町本町1丁目2番地
座標 北緯35度24分17秒 東経136度45分42秒
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歴史

岐阜市への編入の経緯

本来、「岐阜」と「加納」は同地異質の城下町であるが、1888年の市町村制度が施行された際に、別個の自治体として存在していた。岐阜市と加納町との合併は、1913年(大正2年)に岐阜駅が現在地に移転した頃から検討されたが、1934年(昭和9年)に岐阜県師範学校が岐阜市長良に移転した問題をきっかけに頓挫する[注釈 1]。

その後、地名に「加納」の文字を残すこと、岐阜駅、東海道本線下に地下道を設けるなどを条件に、1940年(昭和15年)1月23日に岐阜市への編入案が可決され、同年2月11日に編入された。

交通

旧跡・観光・特産品

特産品としては美濃和紙を使用した岐阜和傘がある。

町内には加納藩時代からの名所がいくつかある。国の史跡に指定されている加納城跡をはじめ、加納宿、加納天満宮、加納八幡神社などがある。

町政時代の名所としては、1926年(大正15年)竣工の旧加納町役場が存在していた。武田五一設計で、鉄骨鉄筋コンクリート造2階建ての近代建築。国の登録有形文化財にも登録されていたが、耐震性の問題などから2016年に取り壊され[1]、跡地は中山道加納宿まちづくり交流センターになっている。

教育機関

出身・ゆかりのある人物

脚注

関連項目

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