北川静二
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八幡商業学校卒。銀行勤務の傍らフィギュアを始め、1933年関西フィギュアスケート選手権大会で優勝。
1935年度の第7回全日本選手権では、前回王者・片山敏一のガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック参加による欠場はあったものの、見事優勝を果たす。
また、妻の政子をパートナーに、日本アイスダンスの草分けとしても知られた。
戦後は京都府スケート連盟初代会長・日本スケート連盟理事・国際公認審判員などを務める傍ら、政子とともに後進育成に尽力する。
1974年には西日本中小学生競技会の開催を実現させるなど、京都・関西のフィギュアスケート界の発展に尽くした功績は大きく、死去した1997年から同競技会では「北川奨励杯」が有望な若手選手に贈られている。
主な戦績
| 大会/年 | 1935-36 |
|---|---|
| 全日本選手権 | 1 |
参考文献
- 日本スケート連盟編『日本のスケート発達史』、ベースボールマガジン社、1981年
- 『日本スケート連盟75年のあゆみ』、日本スケート連盟、2004年
- 毎日新聞京都版 1997年8月9日付
| 1929年 – 1999年 |
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|---|---|
| 2000年 – | |
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※ 開催年は年度 1929-65年度は翌年1-4月、1966-81年度は同年11-12月、1982-96年度は翌年1月、1997年度以降は同年12月に開催された。 | |
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