北条県 From Wikipedia, the free encyclopedia 北条県(ほくじょうけん)は、1871年(明治4年)に美作国を管轄するために設置された県である。現在の岡山県東北部を占める。 後年作成された1872年(明治4年)旧12月の行政区画地図における北条県 1871年(明治4年)、津山県・鶴田県・真島県と他県の飛び地等で分かれていた旧美作国に北条県が新設された。県庁所在地は、津山県の県庁所在地でもあった西北条郡(現苫田郡)津山の津山城内(現在の津山文化センターの位置)。 北条県初代参事(知事)は鹿児島藩士で御親兵所属の陸軍少佐淵辺高照が任官された。1873年(明治6年)5月、陸軍少佐への復任と中佐への昇進により退官。2代参事は小野立誠。同年11月5日、当時の右大臣岩倉具視への伺い書と添付された「奇鳥絵図」にその名が記録に残っている。 1876年(明治9年)、すでに小田県と合併していた岡山県に合併され、廃止された。 出来事 1873年(明治6年)5月26日に起こった血税一揆は、6月1日に収まるまでに西西条郡貞永寺村から県内一円に広がり、多大な被害と死者を出した。一揆は出兵により鎮圧され、有罪者27,000名弱、懲役刑64名、死刑15名となった。 県庁舎 津山市西寺町にある成道寺の門は、北条県庁(津山藩庁・津山県庁)で使用していた門が移築されたものである。 年表 1871年(明治4年)11月15日 - 第1次府県統合により津山県、鶴田県、真島県が統合され、美作国に北条県が発足。県庁は西北条郡山下(現在の津山市山下68、津山文化センター)の津山城内に設置。旧津山県の小豆島の飛地も当面の間管轄することとされた。 1872年(明治5年)1月25日 - 小豆島の飛地を香川県(第1次)に移管。 1876年(明治9年)4月18日 - 第2次府県統合により岡山県に合併。同日北条県廃止。 管轄地域 美作国一円 歴代知事 1871年(明治4年)11月15日 - 1873年(明治6年)5月29日 : 参事・淵辺高照(前陸軍少佐) 1873年(明治6年)5月29日 - 1873年(明治6年)7月7日 : 不在 1873年(明治6年)7月7日 - 1875年(明治8年)7月19日 : 参事・小野立誠(前北条県権参事、元大野藩士とされる) 1875年(明治8年)7月19日 - 1876年(明治9年)4月18日 : 権令・小野立誠(前北条県参事) 関連項目 津山藩 岡山県 先代津山県・鶴田県・真島県 行政区の変遷1871年 - 1876年 次代岡山県 表話編歴 日本の廃止された府県(1871年 - 1943年)北海道 札幌県 根室県 函館県 東北 一関県 → 水沢県 → 磐井県 置賜県 酒田県 → 鶴岡県 仙台県※ 平県 → 磐前県 盛岡県※ 若松県 関東 足柄県 入間県 印旛県 宇都宮県 木更津県 熊谷県 東京府 新治県 中部 相川県 足羽県 柏崎県 金沢県※ 筑摩県 敦賀県 名古屋県※ 七尾県 新川県 額田県 浜松県 近畿 安濃津県※ 大津県※ 堺県 姫路県 → 飾磨県 豊岡県 長浜県 → 犬上県 度会県 中国 浜田県 深津県 → 小田県 北条県 四国 宇和島県 → 神山県 松山県 → 石鉄県 名東県 九州 伊万里県※ 小倉県 白川県※ 美々津県 都城県 三潴県 八代県 関連事項 府藩県三治制 廃藩置県 開拓使 琉球藩 カテゴリ 順番は五十音順、地方区分は行政による。※…改名されて現存する県。府藩県三治制下の府県、廃藩置県により藩がそのまま改称した県は割愛。 Related Articles