福島県相馬郡原町()(現・南相馬市原町区)生まれ。本名・静()[9]。
父は逓信省無線電信技師の北畑平五郎(1894年 - 1944年)[1][注釈 2]。3歳のとき父の転勤に伴い東京府荏原郡大井町へ転居して、以降少女時代を過ごす[1]。品川区立原小学校を経て、1939年3月普連土女学校[注釈 3]卒業[22]。
GHQ民事検閲局を経て[10]、1953年1月28日国立国会図書館に勤務[23]。司書となり、勤務の傍ら日ソ学院に通いロシア語を学ぶ[10]。
雑誌に短編を翻訳して以来、ソ連やチェコスロバキアの児童文学を紹介。
1979年同人の一人として同人誌『イワン』(露: Иванушка)創刊[注釈 4]、主宰者の役割を果たす[24]。
1982年ごろプーシキン記念ロシア語大学通信教育学部卒業[注釈 5]。1986年3月国立国会図書館を退職。在職中は収書部外国図書課や収集整理部収集課などに属した[23]。婚姻歴がある[注釈 6]。
1989年春にソ連を訪れた後、発病して1年余りの闘病生活の末、1990年7月13日に死去。68歳没[8]。