千葉久
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 一関ショッピングデパート千葉久[1] Shopping Departmentstore Chibakyu | |
|---|---|
| 店舗概要 | |
| 所在地 | 岩手県一関市新大町1番地[2][3] |
| 開業日 | 1975年(昭和50年)[1] |
| 閉業日 | 1997年(平成9年)8月[1][4] |
| 施設管理者 |
一関ショッピングデパート[5] ↓ 東北ニチイ[2] |
| 敷地面積 | 1,717 m²[3] |
| 商業施設面積 | 6,700 m²[5] |
| 前身 | 千葉久[1] |
| 後身 |
一関サティ[4] ↓ イオン一関店 |
| 最寄駅 | 東北新幹線・東北本線・大船渡線:一ノ関駅[1] |
| 種類 | 株式会社[6] |
|---|---|
| 本社所在地 |
岩手県一関市新大町1番地 |
| 主要株主 | ニチイ[6](後のマイカルで現在のイオン) |
1952年に開業[7]した地場資本の老舗百貨店[1]で、「福原」や「東光」と共に一関の三大百貨店[7]などと称される。(「東光デパート」は1978年11月に倒産。跡地に三春屋が進出するが1981年4月に一関店を「ダイエー」に譲渡し撤退[8]。1985年に「ダイエー一関店」[9]が開業。)
1973年3月に、顧客の組織化を企図して資本金150万円で「株式会社千葉久友の会」を設立する[10]。
1975年[1]にニチイと[11]提携し、一ノ関駅前の大町商店街と駅前通りの交差点角に店舗を移転[1]して「一関ショッピングデパート千葉久」を開業[1]する。地上5階[3]の都会的な売り場構成で、地場の小売業者に大きく影響[11]を及ぼす。
1997年9月に東北自動車道一関インターチェンジ近傍の国道沿い[12]に「一関サティ」が開業[4]し、「一関ショッピングデパート千葉久」[1]は1997年8月に閉店[1][4]する。
店舗跡の活用
法人としての千葉久
「一関ショッピングデパート千葉久」は「株式会社一関ショッピングデパート」が運営していたが[5]、のちに「株式会社東北ニチイ」が運営[2]した。「一関ショッピングデパート千葉久」の閉店後も「千葉久」の法人は存続し、「東北ニチイ」などの大株主[13]であった。
「マイカル東北」が2001年9月に、秋田サティ、旧盛岡南サティ、米沢サティ、福島サティ、会津サティ、いわきサティなどと共に「一関サティ」をマイカル本社へ譲渡してマイカル直営店舗とした[14]後、9月14日に「マイカル」は東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請して事実上破たん[15]した。当社が大株主である[13]「マイカル東北」も、9月18日に東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請して事実上破たん[14]した。
千葉久友の会
「株式会社千葉久友の会」は1978年2月に「株式会社ピープル」へ社名を変更し、同年4月に「ニチイグループ」のスポーツクラブ事業「エグザス」を讓受[10]して「マイカル」の子会社として東京証券取引所第1部に上場[16]した。
「マイカル」は保有する全株式をコナミへ2001年1月29日に売却することで合意し、同社のグループから離脱[16]した。2001年6月に「コナミスポーツ株式会社」[10]、2006年3月に「株式会社コナミスポーツ&ライフ」[17]、2015年10月に「株式会社コナミスポーツクラブ」[18]、2019年3月に「コナミスポーツ株式会社」へそれぞれ商号が変更された。