南伊豆町

静岡県賀茂郡の町 From Wikipedia, the free encyclopedia

南伊豆町(みなみいずちょう)は、静岡県東部の伊豆半島の最南端にある賀茂郡に属しており、伊豆東海岸都市圏に属する町である[1]

概要 みなみいずちょう 南伊豆町, 国 ...
みなみいずちょう ウィキデータを編集
南伊豆町
南伊豆町旗 南伊豆町章
南伊豆町旗 南伊豆町章
1970年7月21日制定
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
賀茂郡
市町村コード 22304-2
法人番号 1000020223042 ウィキデータを編集
面積 109.94km2
総人口 6,894[編集]
推計人口、2026年4月1日)
人口密度 62.7人/km2
隣接自治体 下田市賀茂郡松崎町
南伊豆町役場
町長 岡部克仁
所在地 415-0392
静岡県賀茂郡南伊豆町下賀茂315-1
北緯34度39分05秒 東経138度51分30秒
町役場位置

外部リンク 公式ウェブサイト

南伊豆町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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地理

青野川の流域の下賀茂温泉地区と弓ヶ浜温泉地区に市街を形成する。どちらも小規模ではあるが、温泉街を形成している。 この青野川の下流には小規模ではあるがマングローブ植物であるメヒルギが移植されており、定着の北限とされている(メヒルギ#日本における生育地を参照)。海岸地形は複雑で小規模なリアス式海岸になっている。伊豆半島最南端の岬でもある石廊崎などの景勝地を有する。

  • 山:三倉山 (214m) 、平氏ヶ岳 (270m) 、三坂富士 (280m) 、松野山 (445m) 、鈴野山 (486m) 、暗沢山 (520m) 、馬夫石 (545m)
  • 河川:青野川(全長17.2km)

気候

さらに見る 石廊崎特別地域気象観測所(南伊豆町石廊崎石室山、標高52m)の気候, 月 ...
石廊崎特別地域気象観測所(南伊豆町石廊崎石室山、標高52m)の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C°F 19.2
(66.6)
20.2
(68.4)
21.5
(70.7)
24.3
(75.7)
26.4
(79.5)
30.8
(87.4)
33.9
(93)
33.8
(92.8)
33.1
(91.6)
29.6
(85.3)
25.9
(78.6)
22.2
(72)
33.9
(93)
平均最高気温 °C°F 11.0
(51.8)
11.5
(52.7)
14.0
(57.2)
17.9
(64.2)
21.2
(70.2)
23.6
(74.5)
27.0
(80.6)
28.8
(83.8)
26.3
(79.3)
22.1
(71.8)
17.9
(64.2)
13.4
(56.1)
19.6
(67.3)
日平均気温 °C°F 8.2
(46.8)
8.5
(47.3)
11.0
(51.8)
14.9
(58.8)
18.4
(65.1)
21.1
(70)
24.5
(76.1)
26.2
(79.2)
23.9
(75)
19.7
(67.5)
15.4
(59.7)
10.8
(51.4)
16.9
(62.4)
平均最低気温 °C°F 5.7
(42.3)
5.7
(42.3)
8.1
(46.6)
12.1
(53.8)
16.0
(60.8)
19.1
(66.4)
22.7
(72.9)
24.3
(75.7)
21.8
(71.2)
17.5
(63.5)
13.0
(55.4)
8.3
(46.9)
14.5
(58.1)
最低気温記録 °C°F −2.1
(28.2)
−2.7
(27.1)
−0.8
(30.6)
3.4
(38.1)
8.4
(47.1)
13.2
(55.8)
14.8
(58.6)
17.4
(63.3)
13.2
(55.8)
9.3
(48.7)
3.8
(38.8)
−0.7
(30.7)
−2.7
(27.1)
降水量 mm (inch) 67.7
(2.665)
92.4
(3.638)
147.5
(5.807)
152.2
(5.992)
176.9
(6.965)
236.8
(9.323)
203.3
(8.004)
124.9
(4.917)
186.4
(7.339)
193.8
(7.63)
126.6
(4.984)
72.7
(2.862)
1,758.2
(69.22)
平均降水日数 (≥0.5 mm) 6.7 7.7 11.3 10.7 11.5 13.3 11.3 7.6 11.7 11.2 9.3 7.4 119.7
% 湿度 60 61 66 72 78 85 88 85 80 72 67 62 73
平均月間日照時間 181.8 173.3 183.5 192.3 198.4 141.4 169.6 228.4 179.3 163.9 161.8 181.7 2,152.7
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1939年-現在)[2][3]
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歴史

古代

南伊豆地域においては、発掘調査の事例はあまり多くなく、大半の遺跡は地表面から考古遺物が採集された散布地である。発掘調査によってその性格が明らかにされている遺跡の代表例としては下賀茂日詰遺跡や湊日野遺跡[4]、湊ミカノセ遺跡[5]などがある。

  • 縄文時代:遺跡の多くは丘陵上あるいは山麓台地上に立地する。住居跡等などは発見されていないが、加畑遺跡や杉田遺跡などで加曽利E式の土器片が出土しており、少なくとも縄文時代中期頃には南伊豆地域においても人々の生活が営まれていたことが分かる。そのほか谷戸口遺跡、荒巻遺跡などがある。
  • 古墳時代

飛鳥時代から平安時代まで

  • 680年駿河国二郡が分離され、伊豆国が誕生する(『扶桑略記』)。
  • 701年大宝律令発布に伴う国郡里制施行により、伊豆国に田方那賀賀茂の3郡が置かれる。
  • 715年郷里制施行により里がへと改められ、郷の下に新たに2~3の里が置かれる。賀茂郡内における郷は平城京左京三条二坊八坪二条大路濠状遺構から出土荷札木簡により加茂、築間、川津、三嶋、色日、稲梓などの郷が確認されている[7][8]。大社郷もあるという。
  • 735年:伊豆国賀茂郡色日郷大背里の矢田部高椋・矢田部建嶋が調として麁堅魚を貢納する[9]
  • 736年:伊豆国賀茂郡色日郷鯉名里の多治比部国万呂・多治比部祢万呂が調として麁堅魚を貢納する[9]
  • 930年頃:『和名類聚抄』において賀茂、月間、川津、三島、大社の5郷が確認。このうち月間郷が南伊豆町内に比定されている。なお、この頃に稲梓郷が大社郷へと改称されたという。
  • 10世紀:色日郷は月間郷と合併。
  • 9 - 12世紀:湊日野遺跡において大規模な製鉄が行われる。日詰遺跡や十二叟遺跡、下条遺跡などでも製鉄関連遺構および遺物が出土している。日野遺跡において発見された炉の構造が東日本と西日本の中間形態である「円筒自立炉」と呼ばれる構造であったほか、当時としては貴重な奈良三彩の小壺蓋、畿内産土師器、緑釉陶器などが出土していることから、当時の南伊豆地域が畿内と東国を直接結ぶ中継地としての役割を担っていたと推定されている。しかし一方で、南伊豆地域においては集落跡が数少ない点や寺院跡、古窯跡等が見つかっていない点で課題が残っており、いまだその実態は不明である。

鎌倉時代から室町時代まで

  • 1192年荘司であった長田忠致が誅せられ、その 三男、長田三郎が高祖父、平致房(賀茂二郎)の縁故により居館を構えたという。居館の位置については現南伊豆町青市に比定されており、「長田氏館」として埋蔵文化財包蔵地に指定されている。なお、上記内容が1180年に起きたとする説もある。
  • 時期不明:加納矢崎城、長津呂白水城、妻良村田氏館が築かれる。

戦国時代から江戸時代まで

明治以降

  • 1871年明治4年):8月、石廊崎灯台竣工。
  • 1874年:3月20日、フランスの貨客船ニール号が入間村の沖合で暴風雨のため座礁、沈没(ニール号遭難事故)。
  • 1889年:4月1日、町村制の施行により、25村が南中村南上村三坂村三浜村竹麻村南崎村の6村となる。
  • 1913年大正2年):3月25日、奥山鉱山で鉱毒問題深刻化し村民有志大会が開かれる。
  • 1913年:5月4日、奥山鉱山鉱夫100余人が事務所襲撃、下田署員出動。
  • 1916年:4月、奥山鉱山、三浜村への精錬所建設発表、5月以降、村民反対運動、8月、計画中止。
  • 1917年:3月、青野鉱山鉱毒被害が青野川流域に拡大。流域諸村に反対運動起こる。
  • 1918年:7月2日、青野鉱山鉱毒問題で、鉱毒調査委員と所長の交渉決裂。
  • 1920年:7月29日、南上村長ら、鉱毒問題につき県に陳情。
  • 1923年:6月16日、湊海軍病院発足、11月20日、庁舎ならびに外来診療棟竣工、開院。
  • 1925年:3月25日、湊海軍病院、第1病棟竣工。
  • 1926年:9月、ポール・クローデル駐日仏大使が三坂村に来訪、ニール号遭難事故慰霊塔に墓参。
  • 1929年昭和4年):3月29日、南崎村5家族26人のブラジル移民出発。
  • 1945年:12月1日、湊海軍病院、厚生省に移管され「国立湊病院」と改称。
  • 1947年:4月1日、国立湊病院、結核対策の一環として「国立療養所湊病院」となる。
  • 1955年:7月31日、南中村、南上村、三坂村、三浜村、竹麻村、南崎村の6村を廃し、その区域をもって南伊豆町を設置[11]
  • 1957年:波勝崎苑開園。
  • 1967年:4月1日、国立療養所湊病院、再び「国立湊病院」と改称。
  • 1969年:5月、石廊崎ジャングルパーク開園。
  • 1974年:5月9日、伊豆半島沖地震。中木地区の山崩れにより27人が死亡。
  • 1976年:10月9日 - 集中豪雨により青野川が氾濫。床上浸水249戸、床下浸水64戸[12]
  • 1995年平成7年):9月23日、石廊崎沖に密入国船。乗っていた中国人密航者57人を逮捕。
  • 1997年:10月、国立湊病院が下田市と賀茂郡6町村(当時)による共立湊病院組合に移譲、「共立湊病院」として開院。
  • 1998年:8月12日夜、下田市内の産廃焼却場の上空に敷設の東京電力の送電線が断線し、南伊豆町全域で大規模停電事故発生。27時間あまりかかって翌13日夜に復旧。
  • 1999年:2月10日から3月10日にかけて、第1回みなみの桜と菜の花まつり開催。
  • 2003年:9月30日、石廊崎ジャングルパーク閉園。10月1日、気象庁石廊崎測候所が無人化され、同日より「石廊崎特別地域気象観測所」と改称。10月6日、下田市・河津町・南伊豆町の1市2町による法定合併協議会を設置するも、12月に河津町が離脱を表明、翌年1月に合併協議会を解散。
  • 2004年:6月、南伊豆町議会、下田市・南伊豆町合併協議会の設置議案を否決[13]
  • 2008年:6月5日、下田市・河津町・南伊豆町・松崎町による「南伊豆地区1市3町合併協議会」発足。
  • 2009年:南伊豆地区1市3町合併協議に関し、6月に南伊豆・松崎の両町議会において合併関連議案が否決された[14][15]ことにより、賀茂地区の合併は事実上破綻。
  • 2011年:新町庁舎完成、12月26日より稼働。
  • 2012年:4月末、共立湊病院閉院。翌5月より下田市内に移転し下田メディカルセンターとして開院。
  • 2019年:4月1日、石廊崎ジャングルパーク跡地を再整備し、「石廊崎オーシャンパーク」開園。
  • 2019年令和元年):9月、波勝崎苑が経営難を理由に休園。
  • 2020年:5月7日 、休園していた波勝崎苑が「波勝崎モンキーベイ」としてリニューアルオープン。
  • 2023年:4月1日、下田市、南伊豆町、松崎町および西伊豆町の1市3町でごみ処理を共同で行うことを目的に「南伊豆地域清掃施設組合」を発足、下田市長が組合管理者をつとめる。
  • 2025年:6月、南伊豆町が南伊豆地域清掃施設組合からの離脱を表明。組合側は再考を求めたものの翻意には至らず。8月、南伊豆地域清掃施設組合の本年度末での解散を表明。

人口

南伊豆町と全国の年齢別人口分布(2005年) 南伊豆町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 南伊豆町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
南伊豆町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 12,219人
1975年(昭和50年) 12,017人
1980年(昭和55年) 11,722人
1985年(昭和60年) 11,573人
1990年(平成2年) 11,200人
1995年(平成7年) 10,725人
2000年(平成12年) 10,304人
2005年(平成17年) 10,003人
2010年(平成22年) 9,516人
2015年(平成27年) 8,524人
2020年(令和2年) 7,877人
総務省統計局 国勢調査より

行政

町長

  • 岡部克仁[16](2017年5月15日就任[16]、3期目)

歴代町長[17]

  • 青木力之助:1959.8.24-1963.8.23、1964.8.23-1967.5.31(2期)
  • 竹内虎作:1967.6.1-1971.5.31、1971.6.1-1975.1.31(2期)
  • 鈴木善長:1975.2.23-1979.2.22、1979.2.23-1983.2.22(2期)
  • 菊池利郎:1983.2.23-1987.2.22、1987.2.23-1991.2.22、1991.2.23-1995.2.22、1995.2.23-1999.2.22(4期)
  • 岩田篤:1999.2.23-2003.2.22、2003.2.23-2005.4.15(2期)
  • 鈴木史鶴哉:2005.5.15-2009.5.14、2009.5.15-2013.5.14(2期)
  • 梅本和煕[18]:2013.5.15[19]-2017.5.14(1期)
  • 岡部克仁:2017.5.15-2021.5.14、2021.5.15-2025.5.14、2025.5.15-現職

地区

  • 南上(みなみかみ)地区 - 旧南上村
    • 蛇石(じゃいし) - 旧蛇石村
    • 市ノ瀬(いちのせ) - 旧市ノ瀬村
    • 青野(あおの) - 旧青野村
    • 下小野(しもおの) - 旧下小野村
    • 上小野(かみおの) - 旧上小野村
    • 毛倉野(けぐらの) - 旧毛倉野村
    • 岩殿(いわどの) - 旧岩殿村
  • 南中(みなみなか)地区 - 旧南中村
    • 一條(いちじょう) - 旧一條村
    • 上賀茂(かみがも) - 旧上賀茂村
    • 石井(いしい) - 旧石井村
    • 下賀茂(しもがも) - 旧下賀茂村
    • 加納(かのう) - 加納村
    • 二條(にじょう) - 旧二條村
  • 竹麻(ちくま)地区 - 旧竹麻村
    • 青市(あおいち) - 旧青市村
    • 湊(みなと) - 旧湊村
    • 手石(ていし) - 旧手石村
  • 三浜(みはま)地区 - 旧三浜村
    • 伊浜(いはま) - 旧伊浜村・旧天神原新田
    • 子浦(こうら) - 旧子浦村
    • 妻良(めら) - 旧妻良村
  • 三坂(みさか)地区 - 旧三坂村
    • 一色(いしき) - 旧一色村
    • 蝶ヶ野(ちょうがの) - 旧蝶ヶ野村
    • 入間(いるま) - 旧入間村
    • 中木(なかぎ)
  • 南崎(みなみざき)地区 - 旧南崎村
    • 下流(したる) - 旧下流村
    • 大瀬(おおせ) - 旧大瀬村
    • 石廊崎(いろうざき) - 旧長津呂(ながつろ)村

議会

町議会

姉妹都市・友好都市等

姉妹都市

  • 塩尻市長野県
    • 昭和40年代、塩尻市役所及び市内の小中学校等が南伊豆町子浦の民宿を通じて交流開始。「美しい山のまち塩尻市ときれいな海のまち南伊豆町」と銘打ち教育文化、産業経済及び観光などの交流を通じて相互の理解と親善友好を深めようと1978年昭和53年)7月20日、塩尻市役所において姉妹都市締結の調印[20]

災害時相互援助協定

  • 1974年(昭和49年)、東京都杉並区が南伊豆町湊に杉並区立南伊豆養護学園(のちの杉並区立南伊豆健康学園)を設立した縁から交流開始。2012年(平成24年)9月14日、両自治体の間で「災害時相互援助協定」を締結した[21]

産業

  • 第三次産業: 計76.46%
    • 電気・ガス・水道業: 0.56%
    • 運輸・通信業: 3.10%
    • 卸・小売業: 13.51%
    • 金融・保険業: 1.14%
    • 不動産業: 1.32%
    • サービス業: 52.72%
    • 公務: 4.12%
  • 分類不能の産業: 計0.38%

※データは『令和6年度町勢要覧 資料編』10頁「産業」より

教育

大学の付属機関

  • 東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林樹芸研究所[22](加納)

高等学校

中学校

  • 南伊豆町立南伊豆中学校(湊)
    • 2026年4月開校。2025年末をもって閉校した旧・南伊豆東中学校の校舎を使用。それ以前は上賀茂に校舎があった。

閉校

  • 南伊豆町立南伊豆東中学校(2025年度末で閉校、南伊豆中学校に吸収)

小学校

  • 南伊豆町立南伊豆東小学校(湊)
  • 南伊豆町立南上小学校(下小野)
  • 南伊豆町立南中小学校(上賀茂)

閉校

  • 南伊豆町立竹麻小学校(2008年度末で閉校、旧・南崎小学校と併合し南伊豆東小学校に)
  • 南伊豆町立南崎小学校(2008年度末で閉校、旧・竹麻小学校と併合し南伊豆東小学校に)
  • 杉並区立南伊豆健康学園(2011年度末で閉校)
    • 1974年、東京都杉並区が、区立小学校に在籍する病虚弱児童の健康回復と体力増進を図ることを目的に設立した、全寮制の施設。設立当初は「杉並区立南伊豆養護学園」という名称であった。
  • 南伊豆町立三浜小学校(2013年度末で閉校、南中小学校に吸収)

交通

町内に鉄道路線は通っていない。最寄り駅は、伊豆急行伊豆急行線伊豆急下田駅

道路

一般国道
県道

路線バス

港湾

文化財[27]

国指定文化財

有形文化財

  • 修福寺大般若経<内十五巻安永二年補写/>

名勝

  • 伊豆西南海岸

天然記念物

  • 手石の弥陀ノ岩屋

県指定文化財

有形文化財

  • 正善寺木造伝大日如来坐像
  • 普照寺元応の鰐口
  • 普照寺寛生の梵鐘
  • 普照寺大般若経

無形民俗文化財

  • 妻良のぼんおどり
  • 小稲の虎舞(竜虎の舞) - 小稲地区において毎年9月中秋の名月の日に行われる祭典。

天然記念物

  • 子浦のウバメガシ群落
  • 白鳥神社のビャクシン
  • 三島神社のクスノキ

町指定文化財

有形文化財

  • 青龍寺木造薬師如来坐像
  • 普照寺木造観音菩薩坐像
  • 西林寺木造阿弥陀如来立像
  • 慈雲寺木造観音菩薩立像
  • 浄性寺顕如上人図
  • 青龍寺地獄極楽図

名所・旧跡・観光スポット

温泉

日帰り温泉

  • 下賀茂温泉 銀の湯会館
  • 弓ヶ浜温泉 みなと湯
  • 休暇村 南伊豆(夏季除く)

神社

寺院

  • 岩殿寺…岩殿。天正18年に小田原征伐における合戦が起きた場所と伝わる。
  • 慈雲寺…下賀茂。町指定文化財の木造観音菩薩立像を所蔵。
  • 正善寺…手石。県指定文化財の木造伝大日如来坐像が本尊。
  • 青龍寺…手石。町指定文化財の木造薬師如来坐像、地獄極楽図を所蔵。
  • 修福寺…湊。国指定文化財の紙本墨書大般若経を所蔵。
  • 浄性寺…大瀬。町指定文化財の顕如上人図を所蔵。
  • 海蔵寺…入間。境内に「ニール号招魂碑」。
  • 善福寺…妻良。安政2年に勝海舟が長崎の海軍伝習所へ赴く途中に風待ちのため一週間程度滞在したと伝わる。
  • 西林寺…子浦。町指定文化財の木造阿弥陀如来立像を所蔵。
  • 普照寺…伊浜。県指定文化財の鰐口・梵鐘・大般若経、町指定文化財の木造観音菩薩坐像を所蔵。

青野川周辺

弓ヶ浜

海水浴場

ヒリゾ浜大根島

町内には弓ヶ浜海水浴場や子浦海水浴場をはじめ、手石、小稲、下流、大瀬、石廊崎、中木、入間、吉田、妻良、落居、伊浜など、様々な変化に富んだ泳げる海岸がある[28]

  • 弓ヶ浜海水浴場 - 青野川の河口の東に広がる砂浜で、伊豆を代表する海水浴場[29]。弓ヶ浜海岸は弓なりの白い砂浜が1.2 kmにわたって続く海岸で[30]、伊豆三大海水浴場として、河津町今井浜[31]、下田市の白浜海岸[32]とともに「伊豆三大海水浴場」と呼ばれている[30]日本の渚百選[33]快水浴場百選[33][34]日本の白砂青松100選に選定されている[35]環境省による全国の水浴場水質調査の結果、最高ランクの「AA」と判定された海水浴場の中でも「極めて水質の良好な水浴場」に選出されたこともある[36]。2024年は7月20日に海開きして8月25日まで海水浴場を開設、40220人の入込客があった[37]。2014年より、日本で初めてスプラッシュウォーターパークを導入している[38][39]。近くの青野川の河口にマングローブメヒルギ)が植樹されており定着の北限とされる。また近隣には弓ヶ浜温泉がある。
  • ヒリゾ浜 - 石廊崎から西方約2 kmに位置する海岸で、陸路はないが、夏季に中木港から渡船が運航される[40]。海水透明度の高さが有名で[41]、多様な魚が観察できることから、シュノーケリングスクーバダイビングの名所として知られる[40]。2024年(令和6年)時点では、南伊豆町議会の出版物で「町内一の人気スポット」として紹介されている[42]
  • 妻良海上アスレチック - 江戸時代に風待ち港として栄え、現代ではサバやイサキなどが水揚げされる妻良漁港の近くの海岸に設置される海上アスレチック[43]。1984年に初めて開設されるようになった大型海上遊具であり、高い櫓、滑り台、ブランコ、飛び込み台などがある[44]。伊豆半島の海岸では2019年時点で、弓ヶ浜や熱海市、伊東市で大型海上遊具が人気を集めているが、妻良の海上アスレチックはその元祖と言われている[44]。妻良湾奥にあるため、他の海水浴場が遊泳禁止になるような海況でも遊べることが多い[44]。長年にわたって妻良観光協会が開設・運営していたが、コロナ禍や人手不足の影響で2021年から2023年は中止が続いており、2024年に妻良区がリニューアルの上で再開設した[45]。2025年にはSNSで認知が広まったこと、また弓ヶ浜のスプラッシュウォーターパークが中止になった影響で妻良海岸に海水浴客が流れ、同年の入り込み客数は前年比111%増の16175人になった[46]
  • 谷川浜 - 前述のヒリゾ浜と同じく陸路がなく、夏季に妻良港から渡船が運航される[47]。ヒリゾ浜とともに、町内の「2大秘境」と評される[29]。妻良地区および谷川浜は、伊豆半島屈指の人気海水浴場として報じられている[48]
  • 子浦海水浴場 - 妻良湾(子浦湾[49]とも)の奥に位置する静穏な海水浴場[50]。子浦海水浴場は町内の遊泳可能な海岸の中でも、弓ヶ浜海水浴場とともに町の代表的な海水浴場と評されている[28]。子浦海水浴場は妻良港に面し[51]、五十鈴川の河口にある海岸で「五十鈴浜」と呼ばれる[52]。このことから、海水浴場も「五十鈴浜海水浴場」と呼称される場合がある[53][54]。弓ヶ浜と同様、環境省により「極めて水質の良好な水浴場」に選出されたこともある[36]。浜の背後には防潮堤が築かれている[55]。妻良湾は波が穏やかであることから、臨海学校や地元小学生のカッター、カヌーの練習場として利用されており[55]、子浦海水浴場自体、非常に波が静かなため子供でも安心して泳げると評されている[49]。2024年は7月23日に海開きして8月16日まで開設、3610人の入り込み客数があった[37]
石廊崎

海岸

  • タライ岬遊歩道 - 弓ヶ浜からタライ岬を経て下田市に至る遊歩道。
  • 大瀬 - 蓑掛岩(みのかけいわ)と呼ばれる巨大な岩が海岸に聳えており、独特の景観を与えている。
  • 石廊崎 - 伊豆半島最南端の岬で、先端に石廊埼灯台、その先に石室神社がある。
    • 石廊崎の西方に広がる海岸線は「奥石廊崎」(奥石廊)と呼ばれ、ヒリゾ浜のほか愛逢岬(あいあい岬)・奥石廊ユウスゲ公園といった観光地がある。
    • 石廊崎オーシャンパーク - 1969年(昭和44年)5月に「石廊崎ジャングルパーク」の名称で開園。長らく町の観光名所のひとつとして知られていたが、2003年(平成15年)9月30日をもって閉園。その後敷地は廃墟と化し、荒廃が進む一方であったが、南伊豆町と同園の経営者との間で進められていた買収交渉が裁判沙汰にまでもつれた末にようやく解決、再整備を経て2019年(平成31年)4月1日に「石廊崎オーシャンパーク」として開園した。
  • 大根島 - 奥石廊崎にある無人島で[56]、ヒリゾ浜の対岸に浮かぶ島[57]
  • 伊浜 - マーガレットの生産量が全国の70%を占める。
  • 落居 - 沖合い600メートルに宇留井(うるい)島という無人島を擁する。
  • 波勝崎 - 南伊豆町の西にある、野生のが生息する岬。
    • 波勝崎モンキーベイ - 1957年(昭和32年)に「波勝崎苑」の名称で開園。長らく町の観光名所のひとつとして知られていたが、2019年(令和元年)9月、経営難のため休園。2020年(令和2年)5月、新たな経営陣の下で「波勝崎モンキーベイ」としてリニューアルオープンした。

スキューバダイビング

  • 弓ヶ浜マリンセンター
  • 海遊社
  • 神子元ハンマーズ
  • 神子元マリンサービス
  • 中木マリンセンター

キャンプ場

  • キャンプ山の家
  • 南伊豆高原オートキャンプ場 古里
  • 南伊豆夕日ヶ丘キャンプ場
    • 夕日ヶ丘オートキャンプ場
  • 入間キャンプ村
  • 石廊崎オートキャンプ場

その他

  • 伊豆下田カントリークラブ

祭事・催事

  • みなみの桜と菜の花まつり:下賀茂温泉付近の青野川流域に咲く河津桜と菜の花が見頃となる2月上旬~3月上旬にかけて催される。かつては、期間中、広大な菜の花畑の中に組まれた特設ステージで、公募により選ばれた新婚夫妻1組による公開結婚式[58]も催されていた。
  • 中木サザエ狩り:中木地区に宿泊した人を対象としたサザエ狩りが毎年GW期間中の1日のみ行われる。
  • 長者ケ原つつじまつり:天神原地区に4月下旬~5月上旬にかけてきれいなつつじが咲く。
  • 海開き:7月中旬、弓ヶ浜海水浴場と子浦海水浴場の海開きが行われる。
  • 南伊豆町太鼓まつり:小稲地区を除いた地区で、毎年11月1・2日に太鼓祭りが行われる。

出身著名人等

著名な出身者

江戸時代以前

  • 初代式守伊之助大相撲立行司
  • 鈴木市五郎…江戸時代後期から明治時代の大工。江戸にて修行したのち、50才頃に加納へ帰郷、石廊神社や大瀬王子神社、大瀬浄性寺などに作品を残した。体が小さく「伊豆の小市」と呼ばれた[59]
  • 岡村健三…江戸時代後期から明治時代の医者。江戸にて緒方公栽、酒井正敬に医学を学ぶ。父岡村長栄の死後、郷里に戻り医者として活動。そのほか区長を務めながら婦人会の設立、産業の奨励などを行い地域に貢献した。

政治家

  • 小泉策太郎…大正・昭和時代前期の政党政治家。政治家活動以前にはジャーナリスト、実業家としても活動。『静岡日報』、『自由新聞』、『めさまし新聞』(現『西日本新聞』)などで筆を執ったのち、1904年11月には日本橋蛎殻町に週刊『経済新聞』を創設しその経営にあたった。また、大正期にかけては東京市街鉄道株式会社、朝鮮瓦斯電気株式会社、馬来護謨栽培株式会社、大連株式商品取引所などの要職を歴任した。

文化人

ゆかりの人物等

  • 幸田露伴…小説家。下賀茂温泉を好み、元福田屋旅館において執筆や静養を行った。1986年には、町制施行30周年記念事業の一環として元福田屋旅館が立地していた青野川沿い、九条の地に幸田露伴文学記念碑が建立された[60]
  • 石垣りん…詩人。父が子浦の出身で、自身も生前たびたび南伊豆を訪れていた。没後、父母の眠る子浦の西林寺に葬られる。2009年、南伊豆町立図書館内に「石垣りん文学記念室」が開設。これに先立ち創設された「石垣りん文学記念基金」に全国から寄せられた多額の募金をもとに開設され、その後の運営費用も、この基金から賄われている[61]
  • 荒川仁人…元プロボクサー。祖父が南伊豆町在住で、中学生の時に家族で転居[62]下田南高校(当時)南伊豆分校在学中は野球部に所属し、ポジションは投手、主将もつとめた[63]2012年(平成24年)10月、南伊豆町よりスポーツ栄誉賞を受賞[64]
  • 古賀稔彦…1992年バルセロナオリンピック柔道男子71kg級金メダリスト。大学の先輩の実家が下流で民宿を営んでおり、夏になるたびに通い続けているうちに南伊豆を気に入り、2017年に移住[65][66]
  • 永藤まなピアニストタレントエンターテイナーYouTubeクリエイター。2019年より南伊豆町観光アンバサダーをつとめている。2026年4月に町内の中学校2校を統合して開校した町立南伊豆中学校の校歌の作曲を手掛けた。

伝説

蛇くだり

大昔、子浦港が池だった頃、池の主の大蛇が毎日妻良と子浦の山々の峰と池の淵を回ってこの池を治めていた。ある日いつものように巡回をし子浦の日和山まで来た時、突然、ゴオッーと地響きが轟いたかと思うと、見る見るうちに池の一辺が崩れおち、大蛇は妻良山へ行くことが出来なくなった。仕方なく崩れ落ちたばかりの断崖絶壁を駆け下り妻良山へ登っていった。今も黄褐色の岩肌に大蛇の姿が黒く刻まれており人々はここを蛇下りと呼んでいる。また、ここが崩れたので駿河湾とつながり子浦港ができたという[67]

妻良・子浦の地名由来

昔々、大国主命御子事代主命(みこことしろぬしのみこと)ほかの神々を引き具して伊豆七島へ渡る途次、子浦港へ寄航した。碇を下ろし、后と御子が泊まる地を決めようと周囲を眺め、やがて后の大津往命を今の妻良の地に、事代主命の御子伊波久良別命を子浦の地に上陸させた。これから妻良、子浦の地名が生まれた[67]

南伊豆町を舞台にした作品

文学・記録・漫画

脚注

外部リンク

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