吉川虎雄
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研究
海成段丘が、氷河性海面変動と隆起運動の結果で、形成されることをしめした論文[2]は、日本の第四紀研究、地形学を大きく前進させた。また、日本の山地地形の研究において、地殻変動と侵食との量的な検討を行い、日本の地形の特徴を「湿潤変動帯」と表現した[3]。これは、明治期以降日本の地形学の中心概念であったウィリアム・モーリス・ディヴィスの「侵食輪廻説」と大きく異なり、日本の山地の認識を大きく変えるものであった。