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吉松源昭

日本の行政書士、政治家 (1968-) From Wikipedia, the free encyclopedia

吉松 源昭(よしまつ もとあき、1968年昭和43年〉5月2日[2] - )は、日本行政書士政治家福岡県議会議員(当選7回)[2]。福岡県議会議長(第70代)を務めた[3]

生年月日 (1968-05-02) 1968年5月2日(58歳)
前職 行政書士
議員秘書
概要 生年月日, 出生地 ...
吉松 源昭
よしまつ もとあき
議長時代(2020年)
生年月日 (1968-05-02) 1968年5月2日(58歳)
出生地 日本の旗 日本福岡県糟屋郡須恵町
出身校 福岡大学附属大濠高等学校
前職 行政書士
議員秘書
所属政党自由民主党→)
無所属
公式サイト 【公式】吉松もとあき Official Site|使ってください 地域のために
福岡県の旗 第70代福岡県議会議長
在任期間 2020年6月24日 - 2021年6月22日
福岡県の旗 福岡県議会議員
選挙区 糟屋郡選挙区
当選回数 7回
在任期間 2003年 - 2024年10月15日[1]
2024年 -
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経歴

1968年、福岡県糟屋郡須恵町生まれ[4]1984年、須恵中学校卒業[4]1987年福岡大学附属大濠高等学校卒業[4]1988年司法書士事務所入社[4]

1992年、行政書士事務所開業[4]1996年衆議院議員の渡辺具能秘書[4]2002年、福岡県議会議員の水戸栄樹秘書[4]2003年、福岡県議会議員に初当選[4]2009年、農林水産委員会委員長[4]

2011年、少子・高齢化対策委員会委員長[4]2019年、議会運営委員会委員長[4]2020年6月24日、第70代福岡県議会議長に就任、2021年6月22日、退任する[3]

2023年6月、次期衆議院選挙福岡4区から立候補することを表明。自由民主党公認を目指すと表明した[5]。現職・宮内秀樹との公認争いとなり、宮内が政治資金パーティー収入の裏金問題の当事者であったこともあり、県連では意見が割れ、公認申請を見送ることとなった[6]。結果として、党本部の判断で宮内に公認が下り、吉松は無所属で立候補した[7]。2024年10月27日に投開票が行われ、宮内が当選。吉松は6人中4番目の得票数に終わった[8]。12月1日、冨永芳行の辞職と自身の衆院選出馬による欠員に伴う補選で当選し、県議に復帰[9]。12月19日、自民党を離党[10]

福岡県議会の金銭授受疑惑

中尾正幸(2016年)

2026年7月7日、吉松は福岡県庁で記者会見を開き、議長就任前に当時所属していた自民県議団幹部からの要求で計約2000万円を支払ったと証言した[11]。うち1000万円は、県議団幹事長だった中尾正幸の指示で県議団会長に手渡したと主張した[12]。吉松は「会派内の上司に逆らえない弱みに付け込んだカツアゲ。応じなければ冷遇されるとの思いがあった」と訴えた[11]

吉松は7月21日、独立性を担保した第三者委員会を設置して調査するよう求める蔵内勇夫議長宛ての申し入れ書を議会事務局に提出した[13]。吉松は提出後、改めて現金授受の経緯を説明、2018年12月に自民幹部と他会派議員による宿泊付きのゴルフ代名目で550万円、2019年10月に同様に1000万円を支払った際、それぞれ別の幹部から「蔵内氏に渡す」と言われたと主張した[13]

7月24日、中尾正幸の議員辞職について吉松は「私は事実しか述べていない。授受を認めた上で辞職すべきだった」と述べている[12]

7月27日、「2020年6月の副議長就任前に自民党県議団幹部に多額の金銭を支払った」と証言している江藤秀之と会見に臨んだ吉松は、中尾正幸から1000万円を要求された際に録音したとする音声データについて、「中尾氏の声と同一人の可能性が高い」と判定する専門機関の鑑定結果を明らかにしている[14]

人物

幼少期には家の前で川魚を捕り、野山をかけめぐり虫を捕まえる毎日だった[15]。高校卒業後、住み込みで新聞配達をしながら20歳の時に行政書士の資格を取得、19歳から3年間サラリーマンを経験したのち、父の2度目の選挙を手伝い当選を見届け、24歳で個人事務所を開業した[15]

34歳の時、引退する水戸栄樹県議(粕屋郡区)の後継として出馬、当選した[15]。事務所は福岡県糟屋郡須恵町須恵[2]

家族

吉松家

吉松家は代々現在の地で営農を生業とし、昭和の初期には門前の川に水車を設置し精米業を営んでいた[15]第二次世界大戦後の農地改革により殆どの農地を失い、現在まで細々と生活をつないでいる[15]

  • 曽祖父・源内 - 地元の神社や地域の公営墓地の造成に寄進するなど地域に貢献、今も定礎に記名が残っている[15]
  • 祖父 - 若くして他界する[15]
  • 祖母・ミサヲ - 糟屋郡の初代婦人会会長や須恵町の初代更生保護女性会の会長、菩提寺である清光寺(粕屋町)の初代女性総代を務める[15]。女手一つで父・昭幸を育てる[15]
  • 父・昭幸(須恵町町長[注 1]) - 須恵町役場の課長をしていたが、41歳で町政の刷新を唱え町長選に出馬、1度目は落選、4年後は妻の闘病のため見送るが、8年後に再度出馬、弔い合戦を制し以来3期11年、須恵町の町長を務めた[15]

所属委員会等

  • 自由と繁栄の会会長[2]
  • 県土整備委員会[2]
  • 子育て支援・人財育成調査特別委員会[2]

選挙歴

さらに見る 当落, 選挙 ...
当落選挙執行日年齢選挙区政党得票数得票率定数得票順位
/候補者数
2003年福岡県議会議員選挙 2003年4月13日 34 糟屋郡選挙区 自由民主党 2万2959票   3 1/5
2007年福岡県議会議員選挙 2007年4月8日 38 糟屋郡選挙区 自由民主党 2万1655票   3 3/4
2011年福岡県議会議員選挙 2011年4月10日 42 糟屋郡選挙区 自由民主党 無投票 3  
2015年福岡県議会議員選挙 2015年4月12日 46 糟屋郡選挙区 自由民主党 2万1256票   3 1/5
2019年福岡県議会議員選挙 2019年4月7日 50 糟屋郡選挙区 自由民主党 2万7207票   3 1/4
2023年福岡県議会議員選挙 2023年4月9日 54 糟屋郡選挙区 自由民主党 無投票 3  
第50回衆議院議員総選挙 2024年10月27日 56 福岡県第4区 無所属 2万8915票 14.15% 1 4/6
福岡県議会議員補欠選挙 2024年12月1日 56 糟屋郡選挙区 無所属 1万3405票   2 1/4
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脚注

参考文献

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