吉松源昭
日本の行政書士、政治家 (1968-)
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経歴
1968年、福岡県糟屋郡須恵町生まれ[4]。1984年、須恵中学校卒業[4]。1987年、福岡大学附属大濠高等学校卒業[4]。1988年、司法書士事務所入社[4]。
1992年、行政書士事務所開業[4]。1996年、衆議院議員の渡辺具能秘書[4]。2002年、福岡県議会議員の水戸栄樹秘書[4]。2003年、福岡県議会議員に初当選[4]。2009年、農林水産委員会委員長[4]。
2011年、少子・高齢化対策委員会委員長[4]。2019年、議会運営委員会委員長[4]。2020年6月24日、第70代福岡県議会議長に就任、2021年6月22日、退任する[3]。
2023年6月、次期衆議院選挙に福岡4区から立候補することを表明。自由民主党公認を目指すと表明した[5]。現職・宮内秀樹との公認争いとなり、宮内が政治資金パーティー収入の裏金問題の当事者であったこともあり、県連では意見が割れ、公認申請を見送ることとなった[6]。結果として、党本部の判断で宮内に公認が下り、吉松は無所属で立候補した[7]。2024年10月27日に投開票が行われ、宮内が当選。吉松は6人中4番目の得票数に終わった[8]。12月1日、冨永芳行の辞職と自身の衆院選出馬による欠員に伴う補選で当選し、県議に復帰[9]。12月19日、自民党を離党[10]。
福岡県議会の金銭授受疑惑

2026年7月7日、吉松は福岡県庁で記者会見を開き、議長就任前に当時所属していた自民県議団幹部からの要求で計約2000万円を支払ったと証言した[11]。うち1000万円は、県議団幹事長だった中尾正幸の指示で県議団会長に手渡したと主張した[12]。吉松は「会派内の上司に逆らえない弱みに付け込んだカツアゲ。応じなければ冷遇されるとの思いがあった」と訴えた[11]。
吉松は7月21日、独立性を担保した第三者委員会を設置して調査するよう求める蔵内勇夫議長宛ての申し入れ書を議会事務局に提出した[13]。吉松は提出後、改めて現金授受の経緯を説明、2018年12月に自民幹部と他会派議員による宿泊付きのゴルフ代名目で550万円、2019年10月に同様に1000万円を支払った際、それぞれ別の幹部から「蔵内氏に渡す」と言われたと主張した[13]。
7月24日、中尾正幸の議員辞職について吉松は「私は事実しか述べていない。授受を認めた上で辞職すべきだった」と述べている[12]。
7月27日、「2020年6月の副議長就任前に自民党県議団幹部に多額の金銭を支払った」と証言している江藤秀之と会見に臨んだ吉松は、中尾正幸から1000万円を要求された際に録音したとする音声データについて、「中尾氏の声と同一人の可能性が高い」と判定する専門機関の鑑定結果を明らかにしている[14]。
人物
家族
所属委員会等
選挙歴
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 2003年福岡県議会議員選挙 | 2003年 4月13日 | 34 | 糟屋郡選挙区 | 自由民主党 | 2万2959票 | 3 | 1/5 | |
| 当 | 2007年福岡県議会議員選挙 | 2007年 4月 8日 | 38 | 糟屋郡選挙区 | 自由民主党 | 2万1655票 | 3 | 3/4 | |
| 当 | 2011年福岡県議会議員選挙 | 2011年 4月10日 | 42 | 糟屋郡選挙区 | 自由民主党 | 無投票 | 3 | ||
| 当 | 2015年福岡県議会議員選挙 | 2015年 4月12日 | 46 | 糟屋郡選挙区 | 自由民主党 | 2万1256票 | 3 | 1/5 | |
| 当 | 2019年福岡県議会議員選挙 | 2019年 4月 7日 | 50 | 糟屋郡選挙区 | 自由民主党 | 2万7207票 | 3 | 1/4 | |
| 当 | 2023年福岡県議会議員選挙 | 2023年 4月 9日 | 54 | 糟屋郡選挙区 | 自由民主党 | 無投票 | 3 | ||
| 落 | 第50回衆議院議員総選挙 | 2024年10月27日 | 56 | 福岡県第4区 | 無所属 | 2万8915票 | 14.15% | 1 | 4/6 |
| 当 | 福岡県議会議員補欠選挙 | 2024年12月 1日 | 56 | 糟屋郡選挙区 | 無所属 | 1万3405票 | 2 | 1/4 | |