向陽区 (鶴崗市)
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歴史
中華民国時代は湯原県の一部であった。1929年(民国18年)3月、鶴崗煤鉱公司が社用地を開放、次第に都市が形成され「興山鎮」、後に「老街基」と称されるようになった。
1932年(大同元年)、満洲国が成立すると当初は「鉱山保」が、1938年(康徳5年)に「興山街」が設置され、鶴立県の管轄とされた。
1945年(民国34年)、日本の敗戦と満洲国の崩壊に伴い中華民国の施政権が回復したが、国共内戦の結果中国共産党の実効支配地域となった区域は興山市西山区が設置、1948年(民国37年6月)に西山区が廃止となり鶴崗市に編入された。1960年12月10日、西山区が再設置、1966年8月31日、向陽区と改称された。
