噫小西巡査
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「日活新派」と呼ばれ、現代劇を量産していた東京の日活向島撮影所で、1918年(大正7年)以来、女形を務めていた衣笠貞之助は、撮影所を飛び出して舞台実演の巡業を始めていた。同様に日活から独立して牧野教育映画製作所を設立していた京都の牧野省三は、日活から頼まれて衣笠を説得し、預かって、初めての監督作を撮らせたのが本作、『噫小西巡査』である。本作は、1922年(大正11年)10月29日に、日活の配給で、浅草公園六区の三友館を皮切りに公開された。
東京国立近代美術館フィルムセンターは本作のプリントを所蔵していない[1]。マツダ映画社も所蔵していない[2]。衣笠・内田のダブル・デビュー作であるにもかかわらず、現状、観賞することの不可能な作品である。