四条隆名 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 鎌倉時代後期生誕 不詳死没 元亨2年7月7日(1322年8月28日)改名 隆能→隆右→隆名 凡例四条 隆名時代 鎌倉時代後期生誕 不詳死没 元亨2年7月7日(1322年8月28日)改名 隆能→隆右→隆名官位 正三位、非参議主君 後深草天皇→亀山天皇→後宇多天皇→伏見天皇→後伏見天皇→後二条天皇→花園天皇→後醍醐天皇氏族 藤原北家末茂流四条家父母 実父:藤原隆朝、実母:不詳養父:四条房名兄弟 養兄弟:房衡、房成、季衡子 隆宗テンプレートを表示 四条 隆名(しじょう たかな)は、鎌倉時代後期の公卿。中務少輔・藤原隆朝の子。官位は正三位・非参議。別名は隆能、隆右。四条家6代。 中務少輔・藤原隆朝(正三位・藤原隆保の孫)の子として生まれ、三従兄弟[1]の四条房名の養子となる[2]。当初は隆能(たかよし)と名乗っていたが、文永5年(1268年)に隆右(たかすけ)、弘安6年(1283年)に隆名(たかな)と改名する[2]。 因幡守、左衛門佐を経て、延慶2年(1308年)従三位・非参議に任ぜられ、公卿に列する[2]。正和4年(1315年)正三位に昇進[2]。元亨2年(1322年)薨去[2]。 官歴 『公卿補任』による 正嘉2年(1258年) 正月13日:叙爵(従五位下) 文永5年(1268年) 12月16日:因幡守 弘安6年(1283年) 8月8日:従五位上 正応元年(1288年) 3月8日:正五位下 正応2年(1289年) 12月15日:左衛門佐 正応3年(1290年) 6月8日:従四位下 正応6年(1293年) 4月8日:従四位上 永仁4年(1296年) 正月5日:正四位下 延慶2年(1308年) 10月15日:従三位、非参議 正和4年(1315年) 6月13日:正三位 元亨2年(1322年) 7月7日:薨去 系譜 実父:藤原隆朝[3] 実母:不詳 養父:四条房名[2][3] 生母不明の子女 男子[2][3]:四条隆宗(?-1358) 出典 坂本武雄『公卿辞典』七丈書院、1944年。 黒板勝美『公卿補任』吉川弘文館、2000年。 脚注 ↑ 隆名の曾祖父・隆保の同母兄が養父・房名の曾祖父・隆房にあたる。 1 2 3 4 5 6 7 『公卿補任』 1 2 3 『系図纂要』 表話編歴四条家第6代当主 藤原隆季 藤原隆房 四条隆衡 四条隆親 四条房名 四条隆名 四条隆宗 四条隆郷 四条隆直 四条隆盛 四条隆量 四条隆永 四条隆重 四条隆益 四条隆昌 四条隆術 四条隆音 四条隆安 四条隆文 四条隆叙 四条隆師 四条隆考 四条隆生 四条隆美 四条隆謌 四条隆愛 四条隆徳 Related Articles