明暦2年(1656年)土佐藩2代藩主・山内忠義の二男・山内忠直が幡多郡中村(四万十市)付近の3万石を与えられ立藩した。元禄2年(1689年)3代・山内豊明は若年寄に累進したが病気を理由に辞職した。その際に時の将軍・綱吉の怒りを買い蟄居となり、3000石に減知されたが、豊明はこれを拒んだため廃藩となった。
ただし、中村藩は土佐藩の初代藩主・一豊の弟・山内康豊とその息子・山内政豊の2代が慶長6年(1601年)から寛永6年(1629年)の間、2万石で治めていた時期があり、この時期も中村藩主時代と見られることもある。