土佐電気鉄道300形電車 (初代)
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| 土佐電気鉄道300形電車 (初代) | |
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317号(イメージ) | |
| 主要諸元 | |
| 軌間 | 1,067 mm |
| 電気方式 | 直流600V、(架空電車線方式) |
| 車両定員 | 50名(座席20名) |
| 自重 | 9〜9.5t |
| 全長 | 8,310 mm又は8,410 mm |
| 全幅 | 2,275 mm |
| 全高 | 3,788 mm |
| 台車 | ブリル21E |
| 主電動機 | 三菱製MB-82-Aなど |
| 主電動機出力 | 35〜40馬力×2 |
| 歯車比 | 89:14 |
| 制御装置 | 直接制御 |
| 制動装置 | 空気ブレーキ、発電制動 |
| 備考 | 半鋼製 |
土佐電気鉄道300形電車(とさでんきてつどう300がたでんしゃ)は、土佐電気鉄道(現・とさでん交通)で1952年(昭和27年)に7形を半鋼製の車体に改造した路面電車車両である。
140形等に改造されず戦前から使用されていた木造単車7形を半鋼体に載せ替え1953年に登場、1955年まで増備された形式であり、全26両が製造された[1][2]。主に桟橋線で運用されていた形式である[1]。車体の外観は同時期に増備が進んだ200形に類似し、塗装は屋根と窓下をグリーンに、前面をカーブのついたV字に切れ込む金太郎塗りとして廃車まで変更されていない[3]。
1956年1月に伊野線朝倉神社前 - 宮ノ奥間で308号、同年7月には後免線領石通 - 北浦間で323号が脱線転覆した[2]。これを受け、1958年より[2]本形式は台車に改良を行われ(後述)、以降本形式の車両の事故はなく、乗り心地は改善している[1][2]。
ボギー車600形の増備の影響で1968年から廃車が始まり、東雲町工場で解体されていった[4]。廃車後、312号は伊予鉄道に譲渡されモニ31に台車を使用された[1][4]。休車状態にあった[4]321号が1975年に廃車されたことで、本形式の車両は全廃され、土佐電鉄の旅客電車における四輪単車はこの時点では消滅した[4][5]。321号は廃車後も東雲町工場内に残され、その後伊野車庫へ移動し[4][6]、維新号に321号の台車等が使用されたが、以降も車体は残存し、伊野車庫の廃止後に撤去された。