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坂本工宜

日本のプロ野球選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

坂本 工宜(さかもと こうき、1994年8月19日 - )は、滋賀県高島市出身の元プロ野球選手(投手)、指導者。右投右打。兵庫ブレイバーズでの登録名は工宜(こうき)。

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1994-08-19) 1994年8月19日(32歳)
身長
体重
176 cm
82 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
工宜(坂本 工宜)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 滋賀県高島市
生年月日 (1994-08-19) 1994年8月19日(32歳)
身長
体重
176 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2016年 育成選手ドラフト4位
初出場 2019年4月13日
最終出場 2019年4月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
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経歴

プロ入り前

祖父が大の巨人ファンだった影響で、小学3年から野球を始める[1]。高島市立安曇川中学校から関西学院高等部に進学。部員約180人の硬式野球部で外野手としてレギュラーを目指したものの、公式戦ではベンチ入りすら果たせないまま、系列校の関西学院大学に進んだ。

関西学院大学で投手への転向を志したが、硬式野球部が「高校時代までの投手経験者しか投手として公式戦に出場させない」という方針を取っていたことから、外野手として準硬式野球部へ入部[2]。2年時に投手に転向してからは、ストレートで最速147km/hを計測するまでに成長した。関西六大学準硬式野球のリーグ戦では、4年時の春季にチーム9季振りの優勝へ貢献。最多勝利・最多奪三振・MVPのタイトルも獲得した。

2016年のNPB育成ドラフト会議で、巨人から4巡目で指名。支度金300万円、年俸240万円(金額は推定)という条件で、育成選手として入団した。入団当初の背番号は006[3]。

巨人時代

2017年には、フューチャーズの一員として臨んだ4月12日の対東京ヤクルトスワローズとの非公式戦で実戦デビューを果たした。公式戦での登板機会はなかったが、三軍戦では5勝3敗、防御率2.92を記録。シーズン終了後に台湾で開かれた2017アジアウインターベースボールリーグには、二軍(イースタン・リーグ)公式戦での登板実績がないにもかかわらず、NPBイースタン選抜のメンバーに名を連ねた[4]。

2018年には、イースタン・リーグ公式戦で、ヤクルトとの開幕カード第2戦の先発投手に抜擢。その後は、先発・救援の両方で実戦経験を積みながら、通算23試合の登板で3勝4敗、防御率4.85という成績を残した[5]。

2019年には、春季1次キャンプを二軍で迎えたが、キャンプ中の紅白戦で好投。育成選手からただ1人、2次キャンプから一軍に合流[6]すると、オープン戦でも開幕から救援で好投を続けた[7]。3月2日には、育成選手契約から支配下選手契約へ移行するとともに、背番号を58に変更することが発表された[8]。3月4日付で、NPBから支配下登録選手として公示[9]。4月13日の対東京ヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)で2点を追う8回表に5番手として登板し、これが一軍初登板となった。しかし、田代将太郎に適時三塁打を打たれるなど3者連続適時打を打たれ、1回3失点というデビューになった[10][11]。翌4月14日の試合(対ヤクルト)では敗色濃厚の5点差の9回表に6番手で登板し、2安打されながらも1回を無失点で抑えたが、4月15日に一軍登録を抹消された[12]。二軍で23試合に登板し、4勝5敗、防御率3.28という成績を挙げるも[13]再度一軍に昇格することはなく、10月1日、戦力外通告を受ける[14]。11月12日に大阪シティ信用金庫スタジアムで開催された12球団合同トライアウトに参加し、打者3人に対して2三振を奪うなど無安打で抑え込む好投を見せ[15]、「まだまだやれると思っている」と語った[16]。

無所属時代

トライアウト後、どの球団からも声が掛からなかったが無所属のまま、兵庫県西宮市の野球専門施設「ベースボールメディカルセンター」を拠点に練習を続けた[17]。現状ではプロでは通用しないと判断して独学でアンダースローの投球法を習得、独立リーグへの入団を模索した[18]。

神戸三田・兵庫時代

2021年4月28日、関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)の神戸三田ブレイバーズに入団することが発表された[19]。登録名は「工宜」[19]。5月9日の対和歌山ファイティングバーズ戦(串本町の総合運動公園 サン・ナンタンランド)で救援として公式戦初登板。同月25日に行われたオリックス・バファローズとの交流戦にも登板し、ともに1回を無失点に抑えた[20][21]。6月11日の対和歌山戦(アメニスキッピースタジアム)で、入団後初めて先発登板したが、制球難から球数がかさみ、3回を投げて被安打8、5失点(自責4)と炎上した[22]。以降は、登板なくシーズンを終えた。

2022年5月12日、古巣・巨人三軍との交流戦(読売ジャイアンツ球場)で、同じく元巨人の折下光輝、山川和大、村上海斗とともにリーグ選抜メンバー入り[23]。3回に救援登板したが、1回を投げて被安打3、3失点を喫した[24]。

2023年4月2日、淡路島ウォリアーズとの開幕戦(キッピースタジアム)で開幕投手として先発登板し、7回無失点で勝利を挙げる[25]。前年まで試行錯誤している段階だった投球フォームが安定し[26]、この年は登板11試合のうち、9試合で先発投手として起用され、リーグの規定投球回に到達。4勝2敗、防御率1.68の成績で最優秀防御率のタイトルを獲得した[27]。11月4日に2024年からのウエスタン・リーグ参加が内定しているくふうハヤテベンチャーズ静岡(当時は球団名未発表)のトライアウトに参加した[28]ほか、15日には2回目となる12球団合同トライアウトにも参加し[29]、打者3人と対戦。この日の最高球速は128km/hで、田中俊太に安打を許したものの、ほか2人からは変化球で三振を奪う投球を見せた[30][31]。しかしいずれの球団とも契約に至らないまま、2023年シーズンをもって任意引退で退団することが12月10日に球団公式X(旧Twitter)で発表された[32]。

現役引退後

2024年から、古巣・巨人が運営する幼児から小学生を対象とした野球スクール・ジャイアンツアカデミーのコーチを務める[33][34]。

2024年12月24日、2025年から読売ジャイアンツ女子チームのコーチを務めることが発表された (背番号は71)[35][36]。

選手としての特徴

最速149km/hのストレートを武器とする本格派右腕。投球フォームは、2段モーションからやや上体をのけぞらせて角度をつけるオーバースロー[17]。持ち球はスライダー、チェンジアップ、カーブ、フォーク[37]。

巨人退団後、2019年12月にアンダースローに転向[38]。転向後も140km/h前後の球速は出せるようになっている[17]。変化球もオーバースロー時代から減らさないようにした結果、アンダースローとしては非常に珍しいフォークを投げることができ、これを決め球としている[38]。2023年の時点ではクォータースローとも呼ばれる、膝あたりの位置から投球するフォームに落ち着いている[26]。

人物

高校時代の野球生活については、巨人への入団後に「不完全燃焼という感じで、悔しいことの方が多かった。いい思い出はない」と述懐している[39]。しかし、関西学院大学の準硬式野球部へ所属していた3年時に、準硬式野球の関西選抜チームの一員として台湾に遠征したことが転機になった。それまでは一般企業への就職を志していたが、台湾で硬式球へ触れた際に、「硬式球が指にしっかりと引っかかる」という感覚をつかめたという。この遠征を機に、進路をNPBの球団に絞ったため、就職活動から手を引いた[39]。

巨人へ入団するきっかけになった2016年のNPBドラフト会議で、東北楽天ゴールデンイーグルスから6位で指名(後に支配下登録選手として入団)した鶴田圭祐(指名の時点では帝京大学準硬式野球部投手)とは、同郷(滋賀県出身)のよしみから連絡を取り合うほど仲が良い[39]。

学生時代は自身と同姓・同じ関西地方(兵庫県)出身の坂本勇人の大ファンで、勇人の背番号(6)のレプリカユニフォームを身にまとって、阪神甲子園球場の阪神タイガース対巨人戦で巨人を応援したこともある[40]。巨人への入団を機にチームメイトになったため、入団が決まった直後に勇人へ挨拶すると、関西弁で「お前が入ってきたせいで(名前で区別するために)俺が『坂本勇』って3文字になったやん」と突っ込まれた[37]。

詳細情報

年度別投手成績

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  • 2019年度シーズン終了時

年度別守備成績

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年
度
球
団
投手
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2019 巨人 201001.000
通算 201001.000
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  • 2019年度シーズン終了時

記録

投手記録

独立リーグでの投手成績

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年

度
球

団
登

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先

発
完

投
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敬

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球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2021 神戸三田
兵庫
210000101.000264.01003-1101549.003.25
2022 1510000103.0009519.017120-5132017178.051.95
2023 1190004201.66719353.236010-6592014101.680.86
通算:3年 28110004405.50031476.263133-12734136313.641.25
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  • 2023年度シーズン終了時

背番号

  • 006(2017年 - 2019年3月3日[9])
  • 58(2019年3月4日[9] - 同年終了)
  • 39(2021年 - 2023年)
  • 71(2025年)

登録名

  • 坂本 工宜(さかもと こうき、2017年 - 2019年)
  • 工宜(こうき、2021年 - 2023年)

登場曲

  • 「Beautiful Now feat. Jon Bellion」Zedd(2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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