城南FC
韓国のサッカークラブ
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概要
もともとは、「世界基督教統一神霊協会」(旧統一教会、現・世界平和統一家庭連合)設立者・総裁で熱烈なサッカーファンであった文鮮明が主導して立ち上げたクラブ。高麗人参濃縮茶やメッコールの製造元で、統一教会系企業の一和(イルファ)をスポンサーとしており、クラブにも教団の色が現れていた。炭川総合運動場をホームスタジアムに使用している。
しかし文鮮明が2012年9月に死去した後、統一教会グループはスポーツ関連事業から手を引き、チームの財政自立を求めた。また、チームの財政難が深刻なこともあるため、2013シーズンをもって「城南一和天馬」の名前が消えることが濃厚となっていた。ホームタウンを安山市へと移転する案もあったが、2013年10月2日、当時李在明が市長を務めていた城南市は市民クラブとして城南一和を買収して再生させることを発表した。城南FCへのクラブ名変更に伴い、エンブレムもペガサス(天馬)からカササギ(城南市の鳥)に変更されている。球団主(オーナー)職は市長が兼任するため、李在明が初代球団主に就任している。なお、李在明は2025年6月4日から大韓民国第21代大統領を務めているが、プロスポーツクラブの球団主を務めた人物が韓国大統領になるのは史上初のことである[1]。
歴史
1975年、文鮮明がサッカークラブ創設を構想、その後、1986年に統一教会グループが公式にプロサッカーチーム創設計画を明らかにした。当時は大韓民国体育部が1987年から8クラブによるプロリーグを実現させる案を検討していた頃で、忠清道を本拠地とするクラブとして候補に挙がったが[2]、敬虔なキリスト教徒であった当時の大韓サッカー協会会長崔淳永の反対により実現しなかった。その後、1988年1月27日に金宇中が新たな大韓サッカー協会会長に就任すると、教団のサッカークラブ創設が本格化した。1988年ソウルオリンピックを目前に控えた時期であったため、オリンピック終了後にクラブを創設するよう計画が推進された[3]。
1988年9月20日、一和天馬(イルファ・チョンマ、일화 천마)のクラブ名で創設された。当初はプロサッカーブームの醸成のため、まだプロサッカークラブが存在しなかった湖南地域をホームタウンとする計画であり、選手も湖南地域出身者を中心に編成していたが、この地域は韓国の中でもとりわけキリスト教の勢力が強い地域であり、統一教会系のクラブがホームタウンとすることに対し地元キリスト教界を中心に強い反発が起こった。また、湖南地域をホームタウンとするクラブの創設の可能性もあったため[注釈 1]、韓国プロサッカー委員会の助言もあり、ソウル特別市の江北地域をホームタウンとすることになった[4]。1993年から国内リーグを3連覇、1995年にはアジアクラブ選手権にも優勝して、1996年のAFC選定年間最優秀クラブ賞を受賞した[5]。
1996年にホームタウンを天安市に移し、天安一和天馬(チョナン・イルファ・チョンマ、천안 일화 천마)に改称。1998年から2年連続で最下位になるなど低迷した。2000年からはホームタウンを城南市に移し、城南一和天馬(ソンナム・イルファ・チョンマ、성남 일화 천마)に改称。2001年からリーグを3連覇した。豊富な資金力で次々とスター選手を獲得したことから、この時期は「韓国版レアル・マドリード」と呼ばれた[6]。
AFCチャンピオンズリーグには2002年~2003年開催の第1回大会で初出場したが、この時はグループリーグで敗退。続く2004年の第2回大会にも出場し、決勝進出。決勝戦ではアル・イテハド(サウジアラビア)と対戦し、アウェーでの第1戦を3-1で勝利するが、続くホームでの第2戦を0-5で落とし、逆転で優勝を逃す。その後、2年連続で出場を逃したが、2007年大会で3年ぶりの出場。この時は準決勝で浦和レッズ(日本)と対戦し、第1戦・第2戦ともに2-2で引き分け、アウェーゴールも同点となり延長戦でも決着せず。PK戦にまでもつれ込んだが、そのPK戦を3-5で落とした。3年後の2010年大会では2度目の決勝進出。日本(国立霞ヶ丘競技場陸上競技場)で行われた決勝戦ではゾブ・アハン・エスファハーンFC(イラン)を3-1で降し、初優勝。アジア代表として同年のFIFAクラブワールドカップに出場し、4位となる。
2013年を以て統一教会グループがクラブの運営から手を引いたことから、2014年より城南FC(ソンナムFC、성남 FC)に改称した。2016年はKリーグクラシック11位で昇降プレーオフに出場し江原FCに敗れ、2017年からクラブ史上初のKリーグチャレンジ降格となった。
2018年、Kリーグ2で2位となり、同年1位だった牙山ムグンファFCにKリーグ1へ昇格する資格がなかったため、2019年より3年ぶりにKリーグ1へ復帰した。
2022年7月、城南市長交代に伴い球団代表が新市長の申相珍に交代すると、市の予算の100億ウォンを費やしKリーグ1で残留争いを続けるチームを敵視する発言を繰り返し、クラブの解体もしくは売却、アマチュア化しK4リーグへの自主降格などを示唆されるようになる。それに対し、城南FCサポータークラブ一同団体blacklistが猛反対と抗議活動が活発化、Kリーグ各クラブのサポーター団体もそれに呼応し城南FCの存続を願う運動が行われている[7]。
タイトル
国内タイトル
国際タイトル
- AFCチャンピオンズリーグ (旧アジアクラブ選手権を含む):2回

** 1996, 2010 - アフロアジアクラブ選手権:1回
- 1996
- アジアスーパーカップ:1回
- 1996
- A3チャンピオンズカップ:1回
- 2004
過去の成績
| シーズン | ディビジョン | 韓国FAカップ | チャンピオンシップ | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| リーグ | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 点 | 順位 | |||
| 1989 | Kリーグ | 5位 | - | 大会なし | |||||||
| 1990 | Kリーグ | 6位 | - | 大会なし | |||||||
| 1991 | Kリーグ | 5位 | - | 大会なし | |||||||
| 1992 | Kリーグ | 2位 | - | 大会なし | |||||||
| 1993 | Kリーグ | 優勝 | - | 大会なし | |||||||
| 1994 | Kリーグ | 優勝 | - | 大会なし | |||||||
| 1995 | Kリーグ | 前期1位 後期7位 | - | 優勝 | |||||||
| 1996 | Kリーグ | 前期9位 後期5位 | 準々決勝敗退 | 資格なし | |||||||
| 1997 | Kリーグ | 8位 | 準優勝 | 大会なし | |||||||
| 1998 | Kリーグ | 10位 | 準々決勝敗退 | 資格なし | |||||||
| 1999 | Kリーグ | 10位 | 優勝 | 資格なし | |||||||
| 2000 | Kリーグ | 3位 | 準優勝 | 3位 | |||||||
| 2001 | Kリーグ | 優勝 | 準々決勝敗退 | 大会なし | |||||||
| 2002 | Kリーグ | 優勝 | 準決勝敗退 | 大会なし | |||||||
| 2003 | Kリーグ | 優勝 | ベスト16 | 大会なし | |||||||
| 2004 | Kリーグ | 前期8位 後期9位 | ベスト32 | 資格なし | |||||||
| 2005 | Kリーグ | 前期6位 後期1位 | ベスト16 | 1回戦敗退 | |||||||
| 2006 | Kリーグ | 前期1位 後期9位 | ベスト32 | 優勝 | |||||||
| 2007 | Kリーグ | 2位 | ベスト16 | 準優勝 | |||||||
| 2008 | Kリーグ | 5位 | 準々決勝敗退 | 1回戦敗退 | |||||||
| 2009 | Kリーグ | 2位 | 準々決勝敗退 | 準優勝 | |||||||
| 2010 | Kリーグ | 5位 | 準々決勝敗退 | 2回戦敗退 | |||||||
| 2011 | Kリーグ | 30 | 9 | 8 | 13 | 43 | 47 | 35 | 10位 | 優勝 | 資格なし |
| 2012 | Kリーグ | 44 | 14 | 10 | 20 | 47 | 56 | 52 | 12位 | ベスト16 | 大会なし |
| 2013 | Kクラシック | 38 | 17 | 9 | 12 | 51 | 42 | 60 | 8位 | ベスト16 | |
| 2014 | Kクラシック | 38 | 9 | 13 | 16 | 32 | 39 | 40 | 9位 | 優勝 | |
| 2015 | Kクラシック | 38 | 15 | 15 | 8 | 41 | 33 | 60 | 5位 | 準々決勝敗退 | |
| 2016 | Kクラシック | 38 | 11 | 10 | 17 | 47 | 51 | 43 | 11位 | 準々決勝敗退 | |
| 2017 | Kチャレンジ | 37 | 13 | 14 | 10 | 38 | 31 | 53 | 4位 | 準々決勝敗退 | |
| 2018 | Kリーグ2 | 36 | 18 | 11 | 7 | 49 | 36 | 65 | 2位 | ベスト32 | |
| 2019 | Kリーグ1 | 38 | 12 | 9 | 17 | 30 | 40 | 45 | 9位 | ベスト32 | |
| 2020 | Kリーグ1 | 27 | 7 | 7 | 13 | 24 | 37 | 28 | 10位 | 準決勝敗退 | |
| 2021 | Kリーグ1 | 38 | 11 | 11 | 16 | 34 | 46 | 44 | 10位 | ベスト16 | |
| 2022 | Kリーグ1 | 37 | 7 | 8 | 22 | 33 | 66 | 29 | 12位 | ベスト16 | |
現所属メンバー
- 2026年4月28日現在
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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期限付き移籍
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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歴代監督
朴鍾煥 1989-1996.4
元興載 1990.4-6(代行[注釈 2])
李章洙 1996.4-8(代行)
李章洙 1996.8-12
レネ・デザイェレ 1997-1998.9
車敬福 1998.9-2004.12
金學範 2004.12(代行)
金學範 2005-2008
申台龍 2009-2010.2(代行)
申台龍 2010.2-2012
安益秀 2013
朴鍾煥 2014.1-4
李相潤 2014.4-8(代行)
李ヨンジン 2014.8-9(代行)
金學範 2014.9-2016.9
具相範 2016.9-12(代行)
卞盛煥 2016.12(代行[注釈 2])
朴景勳 2017
南基一 2018-2019
金南一 2020-2022.8
鄭暻鎬 2022.8-12(代行)
李基珩 2023-2024.3
崔喆宇 2024.3-5(代行)
崔喆宇 2024.5-8
金海運 2024.8-9(代行)
全慶埈 2024.9-
歴代所属選手
朴康造 2000-2002
金大儀 2000-2003
申台龍 2000-2004
海本幸治郎 2001-2002
徐冠秀 2002-2005
尹晶煥 2003
金度勲 2003-2005
韓東元 2007-2009, 2011
黄義助 2013-2017
林承謙 2019-2020
安泳奎 2019-2021
金賢聖 2019-2021
兪仁秀 2020
梁東炫 2020
ジャムシド・イスカンデロフ 2020-2021
金永光 2020-2023
リヒャルト・ヴィントビヒラー 2021
フェイサル・ムリッチ 2021-2022
李庭協 2024
尹栄善 2024
イクロムジョン・アリバエフ 2024
朴光一 2024-2025