塚本悦郎

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国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県
生年月日 1924年11月30日
没年月日 (2014-08-16) 2014年8月16日(89歳没)
塚本 悦郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県
生年月日 1924年11月30日
没年月日 (2014-08-16) 2014年8月16日(89歳没)
身長
体重
175 cm
65 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1950年
初出場 1950年7月11日
最終出場 1960年9月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

塚本 悦郎(つかもと えつろう、1924年11月30日 - 2014年8月16日)は、福岡県出身のプロ野球選手外野手)。

明善中を経て西南学院経済専門学校を卒業。戦前にプロ球団を保有し、日本野球連盟への復帰を目指す西日本鉄道に進む。1948年都市対抗にチーム初出場。武末悉昌の好投もあって決勝に勝ち進み星野組と対戦、初参加で初優勝を果たす。武末以外のチームメートにも宮崎要武末悉昌上野義秋深見安博大崎憲司伴勇資ら、のちにプロ球団の主力となる選手が揃っていた。

1950年に西日本鉄道が創立した西鉄クリッパースへ入団する。1952年には外野陣の一角として起用され、規定打席には届かなかったが打率.308を記録。1953年中堅手の定位置を得て初の規定打席(21位、打率.273)に達する。1954年には開幕から一番打者として活躍するが6月末に胸部疾患で欠場、その後は高倉照幸に中堅手の座を譲る。しかし同年の中日ドラゴンズとの日本シリーズでは5試合に出場。第5戦から一番打者として起用されるが、シリーズ通算14打数2安打に終わる。1957年東映フライヤーズへ移籍。同年は中堅手として打線の中軸を任されるが、翌1958年にはジャック・ラドラが入団、出場機会が激減した。1960年限りで現役を引退。

引退後は、東映、ヤクルトスワローズスカウトを務めた。高橋善正大下剛史若松勉を獲得。

2014年8月16日、肺がんのため福岡市内の病院で死去[1]

詳細情報

脚注

関連項目

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