塚本悦郎
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明善中を経て西南学院経済専門学校を卒業。戦前にプロ球団を保有し、日本野球連盟への復帰を目指す西日本鉄道に進む。1948年の都市対抗にチーム初出場。武末悉昌の好投もあって決勝に勝ち進み星野組と対戦、初参加で初優勝を果たす。武末以外のチームメートにも宮崎要、武末悉昌、上野義秋、深見安博、大崎憲司、伴勇資ら、のちにプロ球団の主力となる選手が揃っていた。
1950年に西日本鉄道が創立した西鉄クリッパースへ入団する。1952年には外野陣の一角として起用され、規定打席には届かなかったが打率.308を記録。1953年は中堅手の定位置を得て初の規定打席(21位、打率.273)に達する。1954年には開幕から一番打者として活躍するが6月末に胸部疾患で欠場、その後は高倉照幸に中堅手の座を譲る。しかし同年の中日ドラゴンズとの日本シリーズでは5試合に出場。第5戦から一番打者として起用されるが、シリーズ通算14打数2安打に終わる。1957年に東映フライヤーズへ移籍。同年は中堅手として打線の中軸を任されるが、翌1958年にはジャック・ラドラが入団、出場機会が激減した。1960年限りで現役を引退。