塚田英明
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1994年、東映入社[1]。1995年、『名奉行遠山の金さん』第7シリーズで初のプロデューサー補を務める。1999年、木曜ミステリー『京都迷宮案内』(第1シリーズ)でプロデューサーに昇格[1]。2001年、東映東京撮影所から東映本社に異動し、『仮面ライダーアギト』で初めて特撮作品のプロデューサーを手がける[1]。2002年、『忍風戦隊ハリケンジャー』で、サブプロデューサーとしてスーパー戦隊シリーズに初参加。
2004年、『特捜戦隊デカレンジャー』で、初のチーフプロデューサーを務める。2006年、『デカレンジャー』が、第45回日本SF大会みちのくSF祭 ずんこんにおいて、スーパー戦隊シリーズ初となる第37回星雲賞(メディア部門)を受賞。表彰式にはメインライターの荒川稔久とともに出席。2007年、『獣拳戦隊ゲキレンジャー』で三度目のチーフプロデューサーを務める。同年末に長男誕生[3]。
2009年、『仮面ライダーW』にて、仮面ライダーシリーズでは初となるチーフプロデューサーを務める。ライダーシリーズへの参加は、『アギト』以来8年ぶりでもある。2011年、『仮面ライダーフォーゼ』にて、ライダーシリーズ2度目となるチーフプロデューサーを務めた。2013年、『科捜研の女』第12シリーズにてチーフプロデューサーを務める。「第2シリーズ」以来13年ぶりの同シリーズへの参加でもあり、以降2017年放送の第17シリーズまで継続してプロデュースを手がける。同年には『忍風戦隊ハリケンジャー 10 YEARS AFTER』のプロデュースも担当。
2014年、『宇宙刑事シャリバン NEXT GENERATION』『宇宙刑事シャイダー NEXT GENERATION』をプロデュース。2015年、『京都人情捜査ファイル』、『特捜戦隊デカレンジャー 10 YEARS AFTER』をプロデュース。2019年、「東映ムビ×ステ」シリーズの立ち上げに参加。第1弾の『GOZEN』を皮切りに、以降の作品にもプロデューサー(第2弾以降はエグゼクティブプロデューサー)として関与。2020年、『魔進戦隊キラメイジャー』にて、13年ぶりにスーパー戦隊シリーズ作品をプロデュースした。
作風
少年漫画やドラマ性の強い作品に影響を受けており、綺麗・丁寧な設定よりも、荒削りでインパクトの強い設定や王道を好む傾向があり、まっすぐな熱血路線、シリアスなドラマ性、個性的なキャラクターなどが特徴的である。また、ドラマ・アニメ・特撮・洋画などのパロディやテイストも多用する傾向がある。主役キャラクターなどにおいて、しっかりした「まとめ役」ではなく、即断・即決・即行動を好む熱血漢を設定する傾向があり、『獣拳戦隊ゲキレンジャー』のゲキレッド 漢堂ジャン、『特捜戦隊デカレンジャー』のデカレッド 赤座伴番、『忍風戦隊ハリケンジャー』のハリケンレッド 椎名鷹介などが挙げられる。また、拳法・忍者・ガンアクションなど、スピード感や臨場感のあるアクションシーンやアクションキャラクターが使用されることが多く、前述のスーパー戦隊シリーズ3作や、『仮面ライダーフォーゼ』の拳法家 仮面ライダーメテオ 朔田流星などが代表的なキャラクターである。13年ぶりのスーパー戦隊シリーズ参加となった『魔進戦隊キラメイジャー』では、Eスポーツなどのトレンドも取り入れている。女性キャラクターにおいては、ヒロインをユニットとして設定するなどアイドル的な要素を盛り込み、デカレンジャーではシリーズ史上初めてヒロインの主役エピソードのみに使われる専用のエンディングテーマを作成している。デカレンジャーでは練りこまれた設定がSF作品として高評価され、2006年度 星雲賞を受賞し、ゲキレンジャーでは企画初期から獣拳の歴史・体系を詳細に設定した年表を脚本家の補助とした。『科捜研の女』プロデュース以降、『特捜最前線』『はみだし刑事情熱系』を意識した作風を出しており、事件複雑化・捜査難航により解決不可能なエピソードを前後編に分ける手法を取り入れている。
演出家では、田﨑竜太、渡辺勝也、諸田敏、竹本昇、中澤祥次郎、坂本浩一といったメンバーを重用しており、脚本家では荒川稔久、横手美智子、三条陸、長谷川圭一と組むことが多い。絵が上手く、仮面ライダーアギトの頃から東映公式サイトに製作の舞台裏を記す絵日記コーナーを開設している他、『デカレンジャー』では自分で描いた絵を、登場人物が描いた絵として劇中で使用している。また、東映京都撮影所へ長く出向していたことから、京都との繋がりが深い。『アバレンジャー』以降、戦隊シリーズにおける京都ロケを恒例化させ、Vシネマ作品『超忍者隊イナズマ!』では全編を京都で撮影、『仮面ライダーW』『仮面ライダーフォーゼ』でも京都ロケを行った。
早稲田大学時代、そして東映での先輩に当たる髙寺成紀と同様、プロデュースした作品において細部の情報や裏設定にこだわる傾向があり、その後継者的な言われ方をよくされると塚田自身も語っている。一方でそれと同時に、学生時代や東映において髙寺とは協働の経験がなく、彼から直々に薫陶を受けたことはないと、そして実際やり方は違うとも言及している[4]。髙寺との初仕事は、2017年放送の『髙寺成紀の怪獣ラジオ』(調布エフエム放送、4月28日放送分)へのゲスト出演であり[5]、髙寺が東映から離れて10年以上を経てのこととなる。